第5話 厄介よ築基丹

  徐令(じょ・れい)は今や煉気十二層の頂点に達し、築基(ちっき)まであと一歩の境地にあった。しかし築基は容易ならざるもので、築基丹(ちっきたん)の補助が必須だった。これにより成功率が飛躍的に向上し、より堅固な道基を築けるのだ。風霊宗において築基丹は極めて貴重な資源であり、厳格に管理されていた。


  親伝弟子に対しても宗門は優遇措置を取るが、無制限に供給されるわけではない。規則は明快だった——新入りの親伝弟子が、入門後四年以内に自らの努力と宗門からの資源で、煉気十二層の頂点まで修行を高められた場合に限り、師尊に対し築基丹一枚の申請資格が与えられる!これは天才への特例ルートであった。


  しかし弟子が入門から煉気十二層頂点までに四年を超えた場合は……たとえ長老の親伝弟子であろうと、この「申請」特権を喪失する。築基丹が欲しい?唯一の途は——他の普通弟子と同様に「功績堂(こうせきどう)」で宗門任務を受け、膨大な功績点を積み重ねて交換するしかない!


  徐令の入門から既に三年半。彼は今、煉気十二層の頂点に達した。理論上、四年の期限までまだ一年の余裕があり、「四年以内に到達」の条件を完全に満たしている。これにより彼は正当な理由をもって馬長老(ばちょうろう)に貴重な築基丹を申請できるはずだった。


  だが、問題はまさにこの「正当性」と「馬長老」その人にあった。


  彼が今まで外界に見せてきた「平凡な資質」、そして馬長老が明らかに示す冷淡な態度……今この煉気十二層頂点の実力を持って築基丹を申請しに行けば、リスクは少なくなかった。


  第一に、徐令が実力を隠していた事実が露見する恐れがあった。修行では階層が上がるほど難度が増す。彼は二年半かけて煉気七層に達した後、わずか半年で五層も突破し、十二層頂点に到達した。


  この前後の差は余りにも大きい。馬長老がこの矛盾に気付かない可能性もあるが、何せ相手は煉丹の宗師であり長老だ。疑問を抱かない保証はなかった。さらに峰内の師兄弟たちの噂も避けられない。もし築基がそんなに容易だとしたら、彼が苦心して演じてきた平凡な仮面は崩れ、必ずや探求の視線と潜在的な危険を招くだろう。


  王二狗(おう・にぐ)のあの平凡な顔が再び脳裏を掠め、徐令の背筋に冷たいものが走った。


  第二に、師尊である馬長老は、徐令の「不甲斐なさ」にすでに失望しきっていた。かつて徐令の修行が煉気七層で「停滞」していた時、馬長老は破例で彼を呼び出したことがある。あの時は丹室(たんしつ)で、空気には濃厚な薬の香りと地火のむっとする熱気が漂っていた。馬長老は背を向けたまま丹炉の中の躍る炎を見つめ、声には喜怒が見えなかった。


  「徐令よ、入門二年で煉気七層か?」


  間を置き、一枚の玉簡(ぎょっかん)を手に取った。そこには徐令と同期の内門弟子たちの修行進度が記録されている。


  「青祁峰(せいきほう)の欧陽彦君(おうよう・げんくん)は一年三ヶ月で築基を成し遂げた。金霞峰(きんかほう)の林師妹(りん・しまい)は一年五ヶ月で煉気十二層。火雲峰(かうんほう)のあの双霊根(そうれいこん)の小僧でさえ、今や煉気十一層に達している……お前はどうだ?」


  徐令は当時、うつむいて恥じ入る様子を見せるしかなかった:


  「弟子不肖、師尊のご期待に背き、申し訳ございません。近頃雑務に追われ、修行は……少々滞っております」


  「雑務だと?」


  馬長老は冷ややかに哼(ふん)了一声,玉簡を傍らの石台に叩きつけるように置いた。硬い音が響いた。


  「親伝たる者、取るに足らぬ雑務を言い訳にするとは!天霊根(てんれいこん)の資質が、双霊根の進境にも及ばぬとはな!劉の鬼(りゅうろうき)めが先日わざわざ『見舞い』に来て、欧陽の小僧がまた悟りを得たと自慢しておったぞ……ふん!下がれ!己を慎め!」


  その言葉に込められた失望と苛立ちは、ほとんど実体化しそうな重圧だった。あれ以来、馬長老は二度と自ら彼を呼ぶことはなかった。


  今、もし彼が「師尊、弟子は煉気十二層の頂点に達しました。どうか築基丹(ちっきたん)を賜りたく」と申し出たら——徐令(じょ・れい)は馬長老(ばちょうろう)の反応をほぼ想像できた。


  まず疑い、次に探査し、真実と知った初めの喜びさえも、欧陽彦君(おうよう・げんくん)との比較に変われば、たちまち機嫌を損ねるだろう。ましてや徐令の修行速度の不自然さを見破ったなら……もはや築基丹の話では済まない。


  「ふんっ、お前この小僧(こぞう)、ずっと実力を隠していたのか?老夫を猿扱いか?それとも老夫が教えるに足らぬとでも?」


  「その分際で築基丹など要るか?己で何とかしろ!」


  徐令の脳裏には、師尊がこう吐き捨てる姿が鮮明に浮かんでいた。


  故に師門へ築基丹を申請する道は、険しすぎる。


  『四年の期限はまだ過ぎていない。一年の猶予がある』


  徐令は石床に腰を下ろし、懐の三つの下品霊石(げぼんれいせき)の冷たい感触を指で撫でながら、瞳は静謐(せいひつ)でありながら鋭く光っていた。


  ならば残る道は一つ——功績点(こうせきてん)である。


  功績堂(こうせきどう)へ赴き、危険で煩雑、時間ばかりかかるのに報酬は雀の涙のような任務を引き受け、最底辺の普通弟子と同様に、築基丹と交換するために必要な膨大な功績点を一滴一滴溜め上げるのだ!この道は困難で長く、未知の危険に満ちている。


  しかし彼が選択し得る中で、最も目立たず、最も注意を引かない道であった。


  「築基丹を功績点で得るなら、四年の約束など問題ではない」


  徐令は低声で呟き、目には微塵の恐れもなく、ただ幾多の滄桑(そうそう)を経て培われた落ち着きと決意が宿っていた。


  前世で築基を成し遂げたのだ、今生でも当然できる。しかも前回の記憶を頼りに、功績点を得やすい任務を見つけるのは難しくない。ただ時間がかかるだけだ。あの渦中の争いや、命取りになる因果(いんが)を避けさえすれば……この代償は払う価値がある。


  彼は立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。遠くに霞み、雲海に浮かぶ殿閣群——炉陽峰(ろようほう)の主峰を眺める。


  そこは馬長老の居所であり、宗門の資源が集う中枢、数多の弟子が憧れる丹薬(たんやく)の聖地だ。だが今の徐令の目には、一片の未練も映らなかった。


  『天才・欧陽彦君……月影門(げつえいもん)との旧怨(きゅうえん)……そしてどこかに潜む王二狗(おう・にぐ)……』


  徐令は顎に手を当て、表情を引き締めた。


  この築基の道は、決して平坦ではあるまい。しかしどんなに難しくとも、前世のように——人生の絶頂から奈落へ突き落とされ、踏みつけられ、遂には虎も野に降りれば犬に嗤(わら)われる如く、神魂(しんこん)すら滅ぼされる最期よりは、遥かにましだ。


  視線を収め、躊躇(ちゅうちょ)は捨てた。擦り切れた、目立たない灰色の古びた袍(ほう)に着替え、身分玉牌(みぶんぎょくはい)と三つの霊石、三粒の清塵丹(せいじんたん)を懐深く仕舞う。


  扉を押し開け、昇り始めた朝日を背に、彼は山を下りた。目標は明白——外門功績堂(がいもんこうせきどう)である。


  山風が彼の衣裾(すそ)を翻(ひるがえ)す。後ろ姿は朝靄(もや)の中でいっそう細く見えたが、そこには岩のように固い強靭(きょうじん)さが滲(にじ)んでいた。この生涯の仙途(せんと)は、塵埃(じんあい)と汗血(かんけつ)の中で、誰の注目も浴びずに自ら道を切り拓く定めだ。一歩一歩が、前世より百倍、千倍の慎重さを要する——

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