第16話

『紙の流儀(トイレット・コード)』〜回るな、回されるな、己を信じろ〜




その日は朝から、なんだか空気が違った。


「うぅ……腹が……痛い……!」

誠司がトイレに駆け込んできた。


(来たか、我が出番……!)

トイレットペーパー《巻ノ助(まきのすけ)》は、芯の奥で静かに目を開いた。


「いよいよだな……今日こそ俺の美学を貫く時……!」


回転式収納ホルダーの上で、誇り高き紙として彼は生きていた。



だが、その時——!


「おらおらおらぁ!!まーたあいつ下から引っ張るつもりだぞ!!」

横から割り込むのは、下段派のトイレットペーパー・クルル。


「お前も芯まで巻かれてるクセに、上から引っ張るとか、勘違いも甚だしいわよねぇ!?」


「黙れ!!それは古来より武士の所作!真のトイレット魂は、上から流れるように舞い、必要分だけ潔くちぎれるッ!」


「はぁ!?うちは下から派よ!?一気に出す、ぐるぐる巻く、余るくらいがちょうどいいのよ!!」



騒動の中、誠司が一枚引っ張った。

――その瞬間、事件が起きる。


「おわっ!?切れたッ!?なにこの中途半端な切れ方!!」


(しまった!動揺したせいで……!)


「おい巻ノ助!!お前の“ちぎり美学”のせいで、誠司がピンチだぞ!!」


「ちがう!これは“風”だ!今、風が吹いたんだ!!俺のせいじゃない!!」


「風のせいにすなァ!!」



この緊急事態に、隣のウォシュレット司令官が沈黙を破った。


「……こんな時のために、我がいるのだよ。」


ピピッ、と光る操作パネル。


「誠司殿、我に全てを任せるがよい——」


「ヤメロー!!今日こそ紙で済ませたい気分なんだ!!ウォシュレットはダメだ、信じられない、なんか冷たい!!」


司令官、激しくショック。


「冷たい……だと……? 我は37.5度設定なのだが……!?」



その後、棚から出てきた予備ロール軍団が結成し、

「誰が次に使われるか」を巡って、棚の中でサバイバルバトルが勃発。


「俺だ!新品のこの白さを見ろ!」

「俺には厚みがある!丈夫さこそ正義!」

「私は香り付きです!癒しの力をッ!」


誠司は腹痛と闘いながら、静かに叫んだ。


「お前ら全員黙れぇええええええええ!!!」

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