第6話
冷蔵庫が泣いた夜
「おい誠司、冷凍シュウマイを冷蔵室に入れるとは……貴様、死にたいのか?」
仕事終わり、汗だくで帰宅した飯塚誠司(42)は、ただ晩飯の準備をしようとしただけだった。しかし、扉を開けた瞬間、冷蔵室から飛び出した怒声に思わず冷や汗を流すことになった。
「おおっと失礼、取り乱しました」
ドン・フリーザー。うちの冷凍庫である。
全身シルバー、ドアには中二病風のステッカーがベタベタ貼られており、語尾にはなぜか“──ゼッ!”と付ける癖がある。
「シュウマイは冷凍保存──常識ゼッ!!」
「あの、さっきスーパーで買って、すぐ食べようと思って……」
「ならば! すぐ食べろ! すぐ食わねば霜と共に魂も凍るゼッ!!」
それに割って入ったのが、冷蔵庫のレイさんだ。
「ちょっと! ドンちゃん、また怒鳴って! 誠司くんがびくびくしてるじゃない!」
このレイさん、ドンとは真逆の性格。外見はレトロ調で、マグネットが花柄。話し方はおっとりしているが、言いたいことはビシッと言う。
「私は冷たいだけの人間にはなりたくないの。ぬくもりって大事よ?」
「それは冷蔵庫のセリフではないゼッ!!」
「だって……私、たまに泣くのよ……誠司くんが半端なタマゴサンド買ってきて、誰にも見られず消費期限を越えていくの……それを見ると、私の心も湿気ちゃうの……」
「うっ……す、すみません」
床に正座して、誠司は冷蔵庫に謝る。社会人歴20年、役職付き。しかし家では、冷蔵庫に土下座である。
「あと、チルド室にキムチを入れるのやめてね。バターが泣いてるの」
「冷凍庫の下段はカチカチ専用だゼッ!! もちとか、氷とか、あのレベルじゃないと入れちゃだめゼッ!!」
「──わかりました……」
その後、誠司は冷蔵庫と冷凍庫に教えられながら、一品ずつ丁寧に収納し直した。
「ほら、こうすると……ちょっとお弁当用のミートボールが嬉しそうでしょ?」
「見よ! オレの中で凍りつくエビピラフたちの整然とした配置を!」
そして就寝前、レイさんはぽつりと呟いた。
「今日はちょっと、嬉しかったな……。ちゃんと向き合ってくれて……ありがとう、誠司くん」
誠司は冷蔵庫の前で静かに礼をした。冷気が頬を撫でたが、それはきっと、レイさんの──涙だったのかもしれない。
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