第7話

「階段クーデター 〜我が家の上段が宣戦布告〜」


俺の名前は飯塚誠司(いいづか・せいじ)。

四十路に突入したばかりの独身男で、趣味は真面目に暮らすこと。

会社と家の往復だけの生活にも特に不満はない。

……ただし、“うちの家が喋る”ことを除けば、だ。


「ふふふ……三段目の貴様が、我に口を利くとはな。身の程を知れ、庶民段」


階段が、しゃべった。しかも、上段が下段を見下している。比喩じゃない。物理的に見下している。

……この家、ちょっとおかしい。いや、全部おかしい。


「今日も寝室行くだけだから通してくれないか」


「無礼者! 貴様のような“未認証の平民”が六段目以上に立ち入るとは、我が家の秩序を乱す蛮行! 寝るなど百年早いわ!」


どうやら、昨夜の深夜トイレの通行が、階段内閣に“寝室不法侵入”として提出されたらしい。


「誠司さま……」

台所の冷蔵庫・レイさん(※冷蔵庫。冷気と常識の番人)が心配そうに声をかけてくる。


「七段目子爵段より、正式な通行証の提示を求められております」


「冷蔵庫がなぜ階段の代弁者に……?」


「当家は現在、階段主導の階級制度によって運営されております」


「それお前の勝手なルールだろ!」


階段は階級ごとに名称がある。

・一段目:村人段

・三段目:民兵段

・五段目:郷士段

・六段目:男爵段

・七段目:子爵段

・八段目:伯爵段

・九段目:“神段”←自称


特に九段目“神段”は選ばれし者しか踏めない神聖なステージらしく、朝そこを踏み抜いた誠司は“無礼千万の国家反逆者”に認定されていた。


「こんな家、階段でクーデター起きてるの俺んちだけだろ……!」


その時、頼もしい音が聞こえた。


「その凍てついた階級制に、氷の鉄槌を……! ドン・フリーザー、参上だ」


冷凍庫のドン・フリーザーが、氷結モードで床を凍らせながら現れた。

彼はかつて、冷凍うどんを守るためにチルド室と抗争した伝説を持つ、氷の猛者である。


「ドン、やめろ! 床が滑る!」


「奴らの下段支配を許してはならぬ……今宵、神段を民の手に取り戻すぞ!」


ドン・フリーザーの策略により、滑る床で階段が文字通り転がりはじめる。


「バ、バカな! 段の尊厳がッ……!」


最終的に、階段は滑って着地失敗。

三段目〜九段目までの階級名は無効となり、“平等段構造”にリセットされた。


「……やっと寝られる」


「次は風呂のシャワーヘッドが“温水至上主義”を掲げて反乱するって話よ」

と、レイさんがぽつり。風呂、油断ならない。


俺はこの日、改めて実感した。

家の中で、一番危険なのは……段差だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る