第5話
「ポモドーロ一世、逝く」
俺の名前は飯塚誠司、42歳。独身、無趣味、孤独なサラリーマン。
でも今は違う。俺には家族がいる。
ソファ、TV、ベッド、冷蔵庫、洗濯機、エアコン——そして……ベランダのトマト、ポモドーロ一世だ。
夏の初め、小さな苗だったアイツは、俺の毎朝の水やりと、エアコンの風向きと、ソファの嫉妬と、TVの特集攻撃を受けながら、けなげに育った。
そして今朝——
俺は、見てしまった。
ベランダの片隅で、ポモドーロ一世が、首を垂れていた。
「ポモ……ドーロ……?」
声が震えた。
「誠司……」
冷蔵庫が、静かにドアを開いた。
「実……腐ってるわよ」
「マジかよおおおおお!!」
TVが悲鳴を上げ、強制的にBGMを「千の風になって」に切り替える。
ベッドが俺の腰を包み込む。「もう、今日は会社休め……」
「アイツ……この家で、最初に育った命だったんだぞ……っ」
洗濯機が、すすぎの水を一滴だけこぼす。
涙の代わりの、すすぎ水。
「エアコン……ずっと風、送ってたよな……」
「うん。優しくね。アイツ、好きだったんだよ、俺の送風」
俺は、ポモドーロ一世の実をそっと手に取る。
もう柔らかく、色もくすんでいた。
けど、それでも——
「食うぞ」
「え?」
家具全員の声が重なった。
「コイツの人生(トマト生)に敬意を表して、俺の胃に葬る。それが供養だろ……」
リビングに響く、包丁の音。
冷蔵庫はドレッシングを開き、ベッドは黙ってシーツを白く整える。
ソファは俺の背中を押し、TVは言った。
「……実況するか?」
俺は首を振る。
「これは……静かに食わせてくれ。家族の、弔いだ」
——ポモドーロ一世、享年1ヶ月。
その身は小さな器に盛られ、ドレッシングを纏い、俺の胃の中へ旅立った。
うまくは、なかった。
むしろ、ちょっと青かった。
でも、俺の心の中で、アイツは今も……赤く、生きている。
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