【兵頭外伝】第3話 目障りなゴミは、掃除だ
二人はゆっくりと、不良たちの背後へと歩を進める。
その歩調は、まるで獲物に忍び寄る狼のように静かだった。
「……おい、てめぇら」
兵頭の声が、低く響く。
不良たちの背筋を、ぞわりと凍らせた。
「見苦しいんだよ。呆れるほどにな……目障りだ」
その声音に、不良たちはびくりと振り返る。
「お、おい……誰だよテメェ――って、うっそ、アニ高の兵頭!?」
「今日に限って、取り巻き少なくねーか? 今のうちに潰しとくか?」
「……ちっ、不快な連中だ」
兵頭は、ちらりと赤井に視線を送る。
それは言葉を超えた合図――。互いの動きを熟知した二人に、説明はいらなかった。
「ぐっ――!?」
次の瞬間、兵頭の蹴りが不良リーダー格の顔面をとらえる。鋭い喧嘩キックが、空気を裂いた。
その一撃で生まれた隙を逃さず、赤井が素早く動く。
お嬢様の手を取り、不良たちから引き剥がした。
「大丈夫っすか、金髪のお姫様!」
「え、ええ……あなたたちは……?」
「通りすがりの不良っすよ。さあ、ここから離れましょ」
赤井が軽口を叩きながらも、素早くお嬢様の手を取り、走り出す。
その背後では――兵頭が、一歩も退かずに不良どもを地面へ叩き伏せていた。
「テメェらが何人いようが関係ねぇ。目障りなゴミは、まとめて掃除だ」
低く響く声が、相手の心を揺さぶる。
兵頭はただ突っ込むのではなく、公園のベンチや街灯を巧みに利用し、進路を塞ぎながら相手の動きを誘導する。
あえて挑発的な視線を投げ、不良たちの意識を自分一人に集めさせる。
「来いよ……俺はここに立ってるぜ」
不良たちが怒号と共に襲いかかる。
兵頭は冷静に一人ずつ受け止め、的確に拳を叩き込み、膝蹴りで地面に沈めていく。
「ぐっ……この野郎!」
「次は誰だ? 腰が引けてんぞ!」
背後では赤井が、お嬢様を連れて必死に走っていく――その退路を、兵頭が一人で切り開いていた。
やがて、残る四人も兵頭の挑発に乗せられ、無駄に突っ込んでいく。
その度に兵頭の拳と足が火花のように炸裂し、一人、また一人と倒れていった。
そして、最後の一人が呻き声と共に地に転がる。
「……フン。だから群れでしか動けねぇ小物は嫌いなんだよ」
兵頭が深く息を吐いた、そのとき――。
赤井とお嬢様の行く手に、新たな影が立ちはだかる。
のっそりと現れた南高の不良たち、五人。
「ちっ……増援かよ」
兵頭の舌打ちが、夕暮れの空気を震わせた。
新手の不良たちは瞬時に状況を理解し、赤井とお嬢様の前に立ち塞がる。
「チッ……マジで空気読めねえ奴らだな」
赤井は低く構え、迷いなく拳を叩き込む。
一人、二人と蹴散らすも――
「ぐっ……!」
背後から羽交い締めにされ、赤井の動きが止まった。
その隙に、別の不良が金髪のお嬢様の腕を掴む。
「きゃっ、離しなさいっ!」
少女の悲鳴が、沈む夕焼けに響き渡った。
「おいおい、アニ高の兵頭さんよぉ」
嘲るような声が兵頭の耳を突いた。
嘲るような声が兵頭の耳を突いた。
振り返ると、リーダー格の男が不敵な笑みを浮かべている。
「今までよくもやってくれたな。ここらで精算といこうぜ」
「……タイミング悪ぃな」
兵頭は悪態を吐きながら、じりと足を踏み出す。
だが――
「この女の細い腕をへし折られたくなかったら……あんま余計なことはすんなよ?」
お嬢様の腕をねじり上げる不良。
その様子に、兵頭の瞳が鋭く光った。
「ああん? 俺にそんな脅しが通用すると思ってんのか、ボケが」
凄みを利かせて一歩踏み込む兵頭。
だがその瞬間――
「い、痛いっ……やめなさい……!」
お嬢様のか細い悲鳴。
焦った不良が腕に更なる力を込める。
「やめろ!」
兵頭は思わず足を止めた。
かつての自分なら、迷わず突っ込んでいた。
だが今は――違う。
くそっ、と低く悪態をつき、視線を落とす。
「……いいぜ。俺が付き合ってやる。だが、その女は放せ」
低く鋭い声が場を震わせる。
一瞬、不良たちがたじろいだ。
だがリーダー格はすぐに顎をしゃくる。
「三人で兵頭を押さえろ。こいつは倉庫まで連れていく」
「じゃ、女は?」
「当然、連れてくに決まってんだろ。目の前で思い知らせてやんだよ」
抵抗を許されず、兵頭も赤井も、お嬢様も、南高のたまり場――薄暗い倉庫へと引きずられていった。
不良たちの下卑た笑い声が、路地裏に不快な残響を残す。
――だが。
その光景を、遠巻きに木陰から見つめる一つの影があった。
安田だった。
「やっべえ……マジでやべえ……!」
唇を噛み締め、安田の手は震えていた。
「俺ひとりじゃ、どうにもなんねえ……!」
焦燥に駆られた安田は、躊躇なく踵を返す。
「誰か、誰かに助けを――!」
全力で駆け戻るその胸中で、ただ一人の名を祈るように呼んでいた。
(九条……どこにいやがる、九条零司……!)
夕焼け空に染まる学園の街を、安田の足音だけが響いていた。
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