【兵頭外伝】第2話 仁義と焼肉と、お嬢様

 ――翌日の放課後。

 兵頭、赤井、安田の不良トリオは、仕事の打ち上げとして、学園近くの焼肉食べ放題チェーン店にやって来ていた。


「いや~、一仕事終えたあとの焼肉って、マジで最っ高っすよねぇ〜!」


 赤井が満面の笑みで声をあげる。その顔は、まるで遠足に来た小学生のようにはしゃいでいる。


「俺、昼メシ抜いてきたんすよ! 今日はカルビ食べ放題ッス! 限界までいきますよ~!」


 安田は両手をぐっと握りしめ、すでに肉の皿をガン見していた。


「……ちっ、お前ら、たかが焼肉でそんな騒ぐんじゃねぇよ」


 そう言いながらも、兵頭自身も運ばれてきた肉の山を見て、喉を鳴らす。

 網の上では、カルビやハラミがじゅうじゅうと心地よい音を立て、煙と共に食欲を刺激する香ばしい匂いが立ち上る。


「うおお……これはヤバい……!」


「もう我慢できねぇッス! 焼くぞ焼くぞ焼くぞぉ!」


 三人は一斉に箸を握り、戦いを始めた。

 赤井が“箸休め”と称してたこ焼き(※ロシアンルーレット方式)やチヂミなどの変わり種を次々注文し、安田は肉一筋で皿を空にしていく。


「おい赤井! 誰だよこのたこ焼きにカラシ詰めたの……!」


「知らねっすけど兵頭さんのリアクション最高っす! また注文しましょう!」


「ぶっ殺すぞ」


 そんな小さな小競り合いを挟みながらも、テーブルの上では肉が減り続ける。

 タレ皿を何度も替えながら、炭水化物を封印し、とにかく肉、肉、肉――。


 兵頭は、そんな喧騒の中、ふと遠い記憶を思い出していた。


 ――中学の頃。現場を仕切る親父に連れられ、作業終わりに寄った焼肉屋。

汗まみれの作業服のまま、黙って肉を焼きながら「うまいな」と笑った、あの顔。


 中学時代の兵頭、安田、赤井は、放課後になると兵頭建設の現場に顔を出し、大人たちに混じって汗を流していた。

 最初は遊びの延長や小遣い稼ぎでしかなかったが、兵頭は家に帰るよりも現場にいる方が居心地が良く、取り巻きの安田と赤井も自然とついて来るようになった。


 兵頭の父――兵頭鉄心(ひょうどう・てっしん)が仕切る現場で、三人は建設技術の基礎を叩き込まれていった。

ビス打ち、溶接、塗装、現場での安全管理や図面の読み方。最初は遊び半分で鉄心に教わっていたが、やがてそれぞれの才能を発揮するようになる。


 安田はお調子者で考えなしに見えるが、手先は驚くほど器用。塗装の腕は中学生にしてベテラン顔負けで、その明るさで現場を盛り上げるムードメーカーだった。

一方の赤井は冷静で、図面を読むのが得意。大人の仕事のミスを見抜いては指摘し、作業工程を先読みして的確に動く、まさにトリオの頭脳だった。


 そして兵頭自身も、中学の後半には父が会社経営に追われ現場を離れるようになり、現場監督と共に作業を仕切る立場へと成長していった。

 現場の社員たちからも三人は評判が良く、それは子どもながらに大きな誇りだった。


 ――だが。ある事件をきっかけに現場から遠ざかり、不良として喧嘩に明け暮れる日々へと転落することになるとは、その頃の彼らには知る由もなかった。


「……チッ、あの裏切り親父のことなんざ、今さら思い出すとか……アホか、俺は」


 兵頭は一人つぶやいて、目の前の肉を網の上に置いた。

 パチパチと脂が弾ける音が、過去の記憶をそっとかき消してくれる。


 腹が膨れ、テーブルの上も空っぽになった頃。

 三人は満足げに腰を上げ、レジで会計を済ませて、外に出た。


 店の前。夕暮れの風が火照った身体に心地よく吹く中、兵頭が口を開く。


「……報酬の分け前だが。三等分だ。一人二万な」


「えっ!? マジっすか!?」


 安田が目を丸くする。


「いやでも、資材代とか焼肉代とか……さすがにそれは多すぎじゃないっすか?」


 赤井がやや遠慮気味に言う。だが兵頭は、二人を鋭い視線で睨みつけた。


「資材は『相模』が格安で回してくれた。焼肉代は俺の気分だ。いいから黙って受け取れ。三人でやった仕事だろうが」


 二人は、一瞬顔を見合わせると、深々と頭を下げる。


「わかりました! いただきます!」


「兵頭さん、マジ男前っす!」


 三人はポケットにねじ込まれた札束の暖かみと、焼肉の満腹感を胸に、歩き出した。

 沈みかけた太陽が、オレンジ色に地面を照らし、長く伸びる三つの影が、歩道に並ぶ。


――翌日の放課後。


 兵頭と赤井は、いつものように公園通りをぶらついていた。


「安田のヤツ、朝から腹痛とか言って、今コンビニのトイレっすよ。絶対昨日の焼肉が原因っすよね」


赤井がククッと笑いを漏らす。


「食いすぎだ、バカが」


 兵頭は呆れたように言いながらも、どこか楽しげだった。

 昨日の焼肉の匂いがまだ鼻に残っているかのように、空を仰ぎながら歩いていく。


 ――だが、その途中。


 公園の裏手、人通りのない細道。

 そこに、異様な空気が漂っていた。


 五人の不良が、一人の男を囲み――リンチしている。


「兵頭さん……あれ、南高の連中じゃないっすか?」


 赤井が眉をひそめる。


「ああ、間違いねえな」


 兵頭は不快そうに眉間に皺を寄せ、不良たちを睨みつけた。


「いやー、俺らが言えた立場じゃないけど……五人で一人ってのはさすがに無えっすわ」


「……そうだな」


 兵頭は短く返事をすると、そのまま踵を返した。

 赤井も渋々ついていこうとした――そのとき。


「あ、貴方達! や、やめなさいっ!」


 高く、震えた女性の声が空気を切り裂いた。


 二人が驚いて振り返ると、そこには――


 金髪に高貴なオーラを纏った、一人の少女。

 桃蔭学園のお嬢様だと、一目で分かる風貌だった。


「なんだぁ? この女……」

「ほう、桃蔭の姫様じゃねーか」

「俺らと遊んでいこうってか?」


 不良たちは男を蹴るのをやめ、お嬢様に視線を移す。

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、じりじりと近づいていく。


「兵頭さん、さすがにヤバいっすよ。こういう時って、誰か助けねーんすか」


 赤井が不安げに言う。

 兵頭は静かに呟いた。


「さすがに誰か助けるだろ……九条とか、現れたりしてな」


 だが――誰も来ない。


 不良たちはお嬢様の手を乱暴に引っ張り、このまま連れ去ろうとしていた。

 その先には南高のたまり場の倉庫。もしも連れていかれたら――。


「兵頭さん、マジでまずくないっすか……?」

「……さあな、知るかよ」


「じゃ、じゃあ……あの娘、どうなるんすかね」


 赤井が不安げに問うと、兵頭はふっと笑い、深くため息をついた。


「どうにもならねぇよ」


 赤井が目を見開く。その直後、兵頭が口角を吊り上げ、拳を鳴らす。


「俺たちが――そいつらをシメるからな」


「……来たーっ! それっすよ、兵頭さん!!」


 赤井の声が弾む。

 二人は悠然と歩み出し、勇気あるお嬢様を救出すべく、行動を開始する。


 ――だがこの先、彼らを待つのは単なる乱闘ではなかった。

 兵頭トリオとお嬢様の「運命の出会い」が、この瞬間から始まろうとしていた。


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