第10話 九鬼暁斗と転生
千尋さんと一緒に教室へ来て、席について一息つく。
夕日が来るまで本でも読もうかと思った時のことだった。
「あーきとっ! お話しよっ?」
ひょこっと視界に入り込んでくる影。言わずもがな千尋さんであり、そのまま彼女は隣の席へ座った。
その席の主は友達の席に行っているみたいで、千尋さんはその子に「席借りるねー!」と声をかけていた。
それから千尋さんは俺が取り出した本を見て目を丸くする。
「あれ? 本読むところだった?」
「あ、うん。ただの暇潰しだけど」
「何の本?」
ドクン、と心臓が跳ねる。慌てて本を隠そうとしてしまい……大丈夫だと自分に言い聞かせる。別に見られて変なものでもない。
「ヨーロッパの貴族文化? 珍しい本読んでるんだね」
「最近……色々アニメとか見て、実際はどうなんだろうって興味を持って」
一応これは理由の一つ。他にも理由があるが、そっちは口にしない。
前世を思い出して、ついこの世界でも貴族階級とか文化の隆盛、作法などは同じなのか気になった……とか言えるはずないしな。
「へえ、貴族文化。確かに面白いよね。私も世界史の時とか授業そっちのけで教科書読んじゃうことあるし」
「俺も同じだな」
前から世界史は好きだったが、特に記憶を取り戻してから読み込むようになった。
家ではスマホで調べることもあるが、情報源が曖昧なのも多い。まだ本の方が信憑性も高いだろうと、最近は図書室によく通うようになった。
「というか暁斗、アニメ見るんだね。貴族……少し前から異世界ものとか流行ってるよね、異世界転生とか」
「そ、そうだな。見るって言っても最近からだけどな」
つい背筋が伸びてしまいながら、挙動不審にならないよう気をつける。丁度、俺が見ているジャンルを言い当てられたからだ。
そのジャンルを見ていた理由は、恐らく俺自身が異世界転生……前世から考えると異世界なのだが、この世界を軸に考えると現代転生って言った方が良いのか?
とにかく、なぜ現代日本に転生したのか分からないからだ。よくある女神様からの使命とかもないし、手違えで死んだわけでもない。そもそも死因は自殺だしな。
好奇心から調べていった結果、アニメ作品に行きついた訳である。そのうち原作の方も読んでみたいし、貴族文化を知るなら異世界令嬢ものとかも参考になるだろうから見てみたいと思っている。
そして、アニメを見ていて気づいたが……あの世界と似ている点も複数あった。魔法を使っていているとか、女神信仰の文化がある作品とか。他にも色々あるんだけど……当然違うこともある。レベルだとかスキルみたいなゲームっぽいのはなかったしな、あの世界。あと魔王とか勇者も居なかった。
考え込んでしまった結果、つい会話がおざなりになってしまう。慌てて本から視線を上げると、にんまりとしている千尋さんと目が合った。
「暁斗って意外と考え込んじゃうタイプなんだね」
「し、失礼いたしました……あ」
慌てて返事をしてしまい、そのせいで素が……というか前世が漏れてしまった。前世では似たことを何度もやってしまっていたからだ。
これくらいならその場のノリみたいな感じで流してくれるか……?
額に冷や汗が滲む俺に、千尋さんは目をまん丸にしていた。
「なんか今の、凄いしっくりきた」
「え?」
「なんでだろ。敬語って距離遠くてあんまり好きじゃないはずなんだけど……?」
千尋さんが首を傾げ、少し難しい顔をする。それから考え込むようにじっと俺を見つめてきて――
――その瞬間、酷く胸がザワついた。
胃がひっくり返るような、内蔵をかき混ぜられるような不快感。
直感的に、この会話が続くことは“良くないこと”だと悟った。
「そ、そういえば千尋さん!」
思わず大きい声が出てしまって注目を集める。けれど、それを気にする余裕もなかった。
声を掛けてから考える。とにかく千尋さんの気を別のところに逸らさないといけない。ただの直感でも馬鹿にしてはいけないことは前世で身に染みていたから。
そして、この直感は恐らく……千尋さんの前世の記憶が関係している。思い出す予兆か、それとも別のものか。予測でしかないが、それ以外の理由が思い浮かばない。
とにかく俺としては、千尋さんに前世の記憶を思い出してほしくない。
だから、とにかく頭を回して――
「――連絡先、交換しない?」
――脳みそを絞って出した言葉は、そんなものしかなかった。当然だ。前世では仕える人とその家族、そして使用人同士くらいしか会話はなかった。今世ではそもそも、千尋さん以外の異性とほとんど話したことがない。完全にコミュニケーションの経験が不足している。
周りからは小さくクスクスと笑い声が上がり、それと同時に顔が熱くなる。けれど、それも長くは続かなかった。
「いいの!?」
先程の自分が上げた声よりも大きな声。そして、その表情は先程から一変して満開に咲いた花のような笑顔になっていた。
「……あ、ああ。その方が色々楽かなって」
「うん! これでお休みの日も二人で遊びに行けるね!」
ピシリと教室の空気が固まる。同時に俺も固まってしまった。
そして次の瞬間、教室が一気にざわつき始める。
「……おいおいおい。千堂さんって男子と二人で遊びに行ったことあったか?」
「ねえだろ。野球部のエースだってフラれてんだぞ。せめて二人でどっか遊びに行こうって誘いに『ごめんね。そういうのはあんまり……』って断ったらしいぞ」
「なんであいつと? てかあいつの名前なんだっけ?」
「千尋ちゃんって意外と大胆だったんだね……」
「わ、私もあんな風に言えるようになりたいな」
耳に飛び込んでくるのはそんな言葉の数々。同じクラスなのに名前を覚えられてないのは……とも思うが、ほとんど話したことがないので仕方ないか。
千尋さんはというと……周りの声が耳に届いていないのか、るんるん気分を隠すことなくポケットからスマホを取り出していた。
「はい、これ読み取ってね」
「ああ……申請した」
「よし! よろしくね! あと暁斗、今週末空いてる?」
「えっ……あー、うん。空いてる」
「じゃあ映画行こ! 見たい映画あるんだ!」
テンションが高くなっているからか、ぐいぐいと物理的にも距離を詰めてくる千尋さん。懐かしさは一旦置いとくとして……。
「あ、そのだな」
「もしかして映画はあんまり見ないタイプ?」
「いや、違くて。……俺、かなりラフな服しか持ってなくて」
夕日と遊びに行く時の服装はお互いかなりラフである。千尋さん……異性と出るにはちょっと、という感じだ。
「まあ、買いに行くからだいじょ――」
「じゃあ私にコーデさせて!」
「えっ」
てっきり服に関して全く信頼されてないのかと……実際そうなのだが。けれど、千尋さんの表情を見て違うと察する。
凄い。すっごい目キラキラしてる。
「あ、そうだ。それなら土曜日、服を買いに行く前に美容院にも行かない? 私も行くところだったの。それともこだわってるお店とかある?」
「な、ない、けど」
「じゃあ行こ! 暁斗、もっと前髪切った方がいいと思うんだ! その方が目も顔もよく見えるし。後で連絡入れてみるね!」
「……分かった」
どこか懐かしさを覚えながら、俺は頷くしかなかった。断る理由もないし、実際暇だし。
前はこんな風によく振り回されていた。休みの日はこんな風によく連れ出されていた。
……唐突なことだけど、前世もこんな感じだったから少し楽しみに思ってしまっている自分も居た。
そして、その日はかなりの頻度で凄く楽しそうな千尋さんにたくさん話しかけられた。
しかもなぜか夕日が頻繁に居なくなっていて、理由を聞いてもニヤニヤとするだけで教えてくれなかった。……しかも、千尋さんと仲の良い志波さんに呼ばれてからそうなっていたのが少しだけ気になった。
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