第9話 千堂千尋は攻撃特化

 朝、俺はいつも通り学校に向かっていた。それだけなら何の特筆もない日常なのだが……校門が見えた頃、俺の日常は終わりを迎えた。


 校門の前にそわそわしてる女子生徒が居た。時折スマホに触れていて……操作しているのではなく、鏡の代わりに使って前髪を整えている。

 しかもその生徒は非常に見覚えがある――千尋さんだった。


「……」


 気のせい、だよな? うん、気のせいだ。そうじゃなければ幻覚だ。俺、幻覚見えるようになったのか。最近色々あって睡眠不足だしな。幻覚の一つや二つ見えてもおかしくない。

 だって、あの待ち方は学校でするやつじゃないだろう。漫画とかだと、デート前の待ち合わせで見るやつだ。


 そう自分に言い聞かせていた時、まだ遠くに見えた幻覚千尋さんと目が合った。


「暁斗! おはよ!」


 幻覚だけでなく幻聴まで……と自分に言い聞かせるのもそれまでにする。

 どうやら本当に幻覚ではなかったらしい。


「お、おはよう、千尋さん。どうかした?」

「……?」


 何か用事があって待っていたのだろう。そう思って聞くも、千尋さんがこてんと首を傾げた。それから何かを考えるように眉を寄せる。


「…………あっ! そうそう! 昨日いきなり帰っちゃったから、それを謝ろうと思って。ごめんね」

「ああ……まあ昨日も謝ってたし、俺も気にしてないから。というか用件、今思い出してなかったか?」

「え、えへへ。今日謝ろうって思ってたのはほんとなんだけどね。他にも色々ありまして」


 千尋さんが頬を朱色に染め、頬をかいた。それに昨日のことを思い出してしまい――自然と顔を逸らしてしまう。

 しかし、見逃されることはなかった。


 ひょこっと千尋さんが顔を覗いてきた。まだその頬は赤いながらも、彼女は微笑んでくる。


「暁斗も昨日の、ちょっと恥ずかしかった?」

「そ、そういう訳じゃ……」

「大丈夫だよ、私もそうだったから。でも、昨日言ったのは本気だから……今も本気で思ってる」


 千尋さんの頬は赤い。けれど、その瞳はまっすぐ俺を見つめていた。


「暁斗には何かある……んだと思う。すっごく抽象的なことしか分かってないけど。私はそれが気になる」

「……」

「あ、もちろん話せって言ってる訳じゃないよ。ただ、それを話して貰えるような関係になり……こほん。話して貰えるくらい仲良くなりたいだけ」


 千尋さんは途中で咳払いと一緒に言い直す。けれど、その言葉に嘘偽りがないことは伝わってきていた。

 ……千尋さんもこんな嘘はつかないだろうし。


 そして、そのあまりにもな素直さに小さく笑いが零れてしまう。


「む。今笑った?」

「ごめん。でもおかしくて笑ったんじゃなくて、嬉しくて笑ったんだ」

「そう? ならいいよ。私も一つ分かったことがあるし」

「分かったこと?」

「うんっ!」


 千尋さんがとびっきりの笑顔と共に頷いた。それに可愛い……と思ってしまうのも当然だろう。異性だろうが同性だろうが魅了する、そんな笑みだった。


 それも決して妄想とか、前世があったから誇張している訳じゃない。周りでちらちらとこちらを見ていた男子生徒と女子生徒問わず、千尋さんが笑った瞬間にいきなり固まったくらいだ。


 千尋さんはそれに気づいてないのか、気づいた上で無視をしているのか……周りを気にしないまま一歩近寄ってくる。昨日ほどではないけど、かなり近い。

 ふわりと甘い匂いがして、思わず後ずさり……けれどその分千尋さんが近寄ってくる。


 それからじーっと、彼女の黒く明るい瞳が射抜いてくる。全てを見通すような透き通った視線。

 それなのに目を逸らすことは出来ない……どころか、吸い寄せられてしまう。


「暁斗は嬉しい時、瞳にある悲しい色がなくなる」

「……そ、そうなのか?」

「昨日だけだと気を使われてるのかなって思ってたけど、さっきので確信した。今もそう」


 千尋さんが改めて確認したのか、うん、と一つ頷いてから視線を外した。少しホッとし、浅くなった呼吸と昂る心臓をどうにかするためゆっくりと呼吸をした。


「これからの方針も固まったし。行こっか」

「あ、ああ。これからの方針って?」


 千尋さんが歩き始め、俺も続く。また千尋さんの数歩後ろを歩く形だったが、彼女はすぐに気づいて歩幅を弛めて隣へ来た。


「暁斗をいっぱい喜ばせる。そうしたらきっといつか、悲しい色が消えると思う」

「……一つ聞いておきたいんだけど、そこまで……千尋さんが俺のために色々する理由とか、あるのか?」


 俺の瞳から悲しい色がなくなるのを見たい、というのはまだ分かる。でも、それで俺を喜ばせるというのはかなり……献身的過ぎるというか。

 千尋さんが俺に気を使いすぎて、ちょっとでも嫌な思いをするのは嫌だ。そう思って言うも、千尋さんは真面目な表情のまま言葉を返した。


「多分、昨日暁斗が私を助けてくれたのと理由は似てると思う。お友達に怪我してほしくない。悲しい顔を見たくない。笑顔でいてほしい。そんな感じ」

「……そっか」


 千尋さんの言葉はとても優しいもので……しかし、注意はしておかないといけない。


「嬉しいけど、自分を一番に考えてほしい。俺を喜ばせたいからって……自分が嫌なことはしないでな。俺はしないよう気をつけるけど……もしこれから似たようなことを誰かにするなら……変な要求とかされるかもしれないから」

「うん、分かった。暁斗にしかしないけどね、こういうこと…………ごめん。今の聞かなかったことにして」

「あ、ああ」


 言葉の途中で顔を赤くし、千尋さんが顔を手で隠して小さく呟く。


「……うぅ。なんでこんなに思ってたこと口に出しちゃうんだろ」


 その呟きは耳にしっかり届いていたが、今は聞こえないふりをしておいたのだった。

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