第8話 千堂千尋は悶える side.千堂千尋
「うあああああああああああ」
ベッドの中で悶える。今の私にはこんなことしか出来なかった。
その原因は、さっき……ううん。今日、暁斗にすっごくたくさん色んなことをしてしまったから。
一個目はお昼、数学のノートと問題集を運んでいた時。転びそうになった私を暁斗が助けてくれた。
その時、抱きしめられてるみたいな形になって――
「……な、なんで私、あんなこと言っちゃったんだろ」
暁斗に抱きしめれた時、安心するような懐かしい感じがした。他の男の子だと近づかれただけでも……ちょっと嫌な感じがすることが多いのに。女の子相手でもある程度距離感は保っている。こんなこと思ったの、暁斗が初めてだ。
……? なにかおかしい。
「暁斗に抱きしめられた時は安心して、懐かしい感じがして……懐かしい?」
改めて言葉にすれば、どこがおかしいのか分かった。
「なんで私、懐かしいなんて思ったんだろ」
お母さんもあ父さんも、私が小さい頃から抱っこをしてくれることはなかった。もしかしたら記憶がないくらい小さい頃、赤ちゃんの頃に……ううん、それもないと思う。
おじいちゃん達とは仲が良くないし、ベビーシッターさんも……ないと思う。無愛想な子、って小さい頃は言われてたし。
思えば私は人に抱きしめられたことがなかったのかもしれない。
それならやっぱりおかしい。安心したのはともかく、懐かしいなんて。
夢で誰かに抱きしめられたことがあるとか? ……ううん。そもそも誰かに抱きしめられたことがないんだから、それもおかしいかな。
恥ずかしさを頭の端へ追いやるように考える。
なんだろう。胸の奥が痒いような、何かがつっかえてる感じがする。
でも、考えてもきっと答えは出ない。それなら一旦忘れた方が――
「……? だれ――づっぁっ!」
突然誰かの声が聞こえ――次の瞬間、頭が割れるかと思うくらい強く痛んだ。
枕に顔を押し付けて頭を押さえ……すると、不思議なくらいすぐに痛みは引いていった。
「……んぅ? な、に? 今の」
波が引くように、頭痛が嘘のようになくなる。でも、今まで感じたことがないくらい頭が痛かったのは確かで……それにあの声は?
「だれの、声? というか、えっと、なんなの?」
頭に直接響いたような声。しかも、日本語じゃなかった。……それなのに意味が分かったのはなんでだろう。
「おばけ……ではない、と思うけど」
不思議と怖い感じはしなかった。……病院に行った方がいいのかな。
「んん……ひゃっ!」
悩んでいる時にスマホの通知が鳴って、思わず体が跳ねてしまった。
「び、びっくりした……りっちゃん?」
充電中のスマホを取ると、通知の相手はりっちゃんだった。『電話出来る?』とだけ来ている。一人でずっと考えていたところだったから、少しホッとした。『出来るよー』とだけ送った瞬間、着信画面に切り替わった。
「りっちゃん、どうかし――」
『やっぱり付き合ってるじゃんー!』
耳に当てかけた画面を一気に離す。危なかった。あと少し遅かったら耳がキンキンしていた。
「……えっと? りっちゃん?」
『なんで言ってくれなかったのさー! 色々話聞かせてよー!』
「ちょ、ちょーっと待って。りっちゃん。話が読めないんだけど」
えっと、今日りっちゃんに暁斗と付き合ってるのか聞かれて、違うと伝えた。それなのにどうして……
『読めないって……またまたー。もう色んなところから目撃証言上がってるんだよー?』
「目撃証言?」
『学校の近くで彼の手を引っ張って、そのままちゅーしたってー!』
「……………………」
頭を抱えて枕に顔を押し付けることしか出来なかった。
そうだった。声とか頭の痛みで帰りのことをすっかり忘れていた。と、というか……ちゅーって。
「ま、待って。ち、ちゅーとかしてないから」
「えー? でも結構色んなところから見たって噂来てるよー?」
「……りっちゃん。その噂ってどれくらい広がってるか分かる?」
『クラス学年関係なしに私に聞いてくる人いっぱいだよー。多分明日には学校中に広まってるんじゃないかなー?』
「うああああああああああああああ!」
枕に顔を埋めて叫ぶ。そうすることしか出来なかった。
自分はあんな目立つところでなんてことをしたんだろう………事実は違っても、誤解されるようなことをしたのに変わりはない。
枕へ力の限り叫んだ後、ふうと息を吐いた。
『落ち着いたー?』
「……うん。ありがと、りっちゃん。色々聞いてくる人は私に流していいからね」
『これくらい大丈夫だよー。千尋ちゃんに聞いてみるねーって全員に送っただけだしー。それより!』
りっちゃんの言葉はありがたい。けど、この後のことを考えると顔が沸騰したみたいに熱くなる。
『いつから付き合ってたのー? 実は前から知り合いだったりー?』
「ち、ちがっ、付き合ってないから」
『えー? あ、それとも今日からー? 告白? プロポーズしたって噂も流れてきてるけどー?』
「こ、こっ、こくっ……ぷろぽーず……」
もう何かを言うことすら難しくて、また枕に顔を埋めて言葉にならない声を上げた。
『……え、こっちデマだと思ってたんだけどほんとなのー?』
「ち、ちが、その、ちが、くはない、けど……」
『えっ!?』
「でも! そういうことじゃ……うぅ」
―― 君の瞳を見て、一つ思ったんだ。悲しい色が消えた時、今以上に綺麗な瞳になるんじゃないかなって。……ううん。思ったというか、確信してる。
―― その瞳から悲しい色が消える瞬間を隣で見たい。出来ることならこれからもずっと傍に居て、私が消してあげたい。
「キザったらしい告白のセリフじゃん!」
『ち、千尋ちゃんー? ど、どしたのー?』
自分の言葉を思い出して、ただでさえ熱かった顔がもっと熱くなる。多分目玉焼きとか作れるくらいには熱い。
穴があったら入りたい。なくても自分で穴を掘って入りたかった。
「そういうつもりじゃ……そういうつもりなんだけど、違くて……からかった訳でもなくて……」
『んー。とりあえず全部聞いていいー?』
「うん……」
自分でも何を言ってるのか分からなくなっていたし、そもそもりっちゃんは何があったのかもちゃんと把握出来てない。
大人しく今日の放課後にあったことを全部話した。
『……えっ? それって告白だよね?』
話を聞いて、りっちゃんはいつものゆったりとした話し方を忘れるくらい驚いていた。
「や、やっぱりそう聞こえる?」
『小説とか映画とかでロマンティックな人しかしないような告白……?』
「うああああああああん!」
りっちゃんから聞いてもやっぱりそう聞こえたらしい。もう無理だ。限界だ。大変だ。
『しかも目見るために顔近づけたって、千尋ちゃん大胆なことするねー。男の子苦手だって言ってたのにー』
「あ、暁斗は別だもん。怖くないし、優しいし」
『いつの間にか名前呼びだしー。え、付き合わないのー?』
「つ、付き合うとかそうじゃなくて、そもそも暁斗がそういう受け取り方してないはずだし……」
返事云々の前に、あの時暁斗は泣いていた。どうして泣いていたのかは分からないけど……嫌だから泣いていた訳じゃない、って言ってたから。
暁斗が気を使ってくれていた……とかも考えはしたけど、ポジティブに行くことにした。本当に嫌だったら、瞳にも表れてたはずだし。
『……えー? てか付き合ったらー? 千尋ちゃんに付き合ってって言われて断る男の子居ないでしょー?』
「つ 、付き……だ、だから、そんなんじゃないから!」
『好きじゃないのー?』
「すっ……好きとか…………うぅ」
『その反応好きなやつじゃんー!』
「わ、分かんない! まだ分かってないだけだから!」
んー? とりっちゃんの声が聞こえて、見えてなくてもニヤニヤしてるのが分かる。
『というかそもそも、なんで好きになったのー? まだ話して一週間も経ってないよねー? そんなちょろくなかったと思うんだけどー?』
「だ、だから、好きじゃ……わ、私だってよく分かってないし。なんとなく気になって、目が合ったら嬉しくなって……話しかけに行きたいなって思ったくらいで」
『好きじゃん』
「…………そうなのかも」
自分で言っていて、もう完全に好きになってる女の子だと思った。
『きっかけはあの朝ー?』
「……うん。瞳が悲しそうで、でも優しかった。誰にも負けないくらい、優しい色をしてたの」
『目見るの大切にしてるもんねー。いいんじゃないー? 運命って感じで』
「う、運命はちょっと大げさな気がするけど」
けれど――彼以上に優しい目をしている人は見たことがなかったのも事実だ。
もしかして本当に――ううん。
「と、とりあえず、これ以上暁斗に迷惑かけたくないから。その話は一旦保留で、ね?」
『んー。まあ、それでもいっかー。これから面白くなりそうだしー。じゃあ二人は付き合ってなくて見間違えって言っとくねー』
「あ、うん。ありがと」
『あと、これからも何かあったら聞かせてねー』
「わ、分かった」
りっちゃんはこういう恋バナが大好きだ。私のこれを恋バナと言っていいのかは分からないけど。
『でも明日からどうするのー? 今日みたいに絡みに行けるー?』
「……会っても頭の中が真っ白になる気しかしない」
今日のことを忘れて話せるかって聞かれると、無理って即答出来る。
だけど。
「色々、気になることがたくさんある」
どうして今日のお昼、彼に抱きしめられ……じゃなくて助けられた時に懐かしいって思ったのかとか。本当に私は……す、好きなのかとか。
あと、さっきの声も……幻聴にしては気になる。
全部を半端なままで終わらせたくない。
「私、暁斗のこと全然知らないから。これから知りたい」
どうしてその瞳に悲しい色が混じっているのか気になる。
それに――悲しい色が消える瞬間を隣で見たいから。
『……なるほどねー。おっけー。じゃあ私も私に出来ることやるねー』
「りっちゃんに出来ること?」
『まあ、その話はそのうちー。じゃあ私、みんなに勘違いって言ってくるねー。また明日ねー』
「あ、うん。ありがと。また明日」
それからりっちゃんが電話を切った。ふう、と息を吐いて全身から力も抜く。
「がんばれ、私」
ぽつりと呟いた言葉は、静かな部屋によく響いた。
……自分が発したとは思えないくらい、よく響いていた。
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