第7話 千堂千尋は告白してしまう

 ―― 私を見る瞳がすっごく優しくて――悲しい色をしていたから。


 まさかあの日と同じことを言われるとは思わなくて、喉が締まったように声が出なくなる。


 脳裏を過ぎるのは、魂が見えると言った彼女のこと。まさか千尋さんもと頭が真っ白になりかけるも、続く言葉に意識が引き戻された。


「私ね、昔から人と関わる時は目をよく見るようにしてるんだ。目は口ほどに物を言う、とはちょっと違うかもしれないけど。なんとなくどんな人なのか分かるの」


 そう言ってから、千尋さんは至近距離で柔らかく微笑んだ。


「だから、暁斗のことが気になったんだ。誰よりも優しい目をしていて、だけどそれ以上にすっごく悲しそうな目をしていたから。……危ないよ、暁斗」


 後ろに下がりかけるも、そこは車道と歩道を隔てるガードレールであった。しかも、千尋さんに手を握られて止められる。


「もっと目、見せて。髪上げるね」


 手を引かれて更に顔が近づく。もう顔がぶつかりそうな距離だ。

 そして更に、手を握った方と反対の手で俺の前髪を撫でるように掻き分けてきた。


「……やっぱりまだ悲しい色してる」


 目を逸らそうとするも、出来なかった。どうしてなのかは俺にも分からない。


 ただ――その瞳はどこまでも明るくて、のような暖かさを持っていた。


「君の瞳を見て、一つ思ったんだ。悲しい色が消えた時、今以上に綺麗な瞳になるんじゃないかなって。……ううん。思ったというか、確信してる」


 前髪を横に撫でた手が少し動いて、頬を固定するように優しく掴まれた。


「その瞳から悲しい色が消える瞬間を隣で見たい。出来ることならこれからもずっと傍に居て、私が消してあげたい」

「……ぁ」


 そしてその言葉も、が言っていたものと似通っている……どころか、ほぼ同じで。


 今までは、違うかもしれないと自分に言い聞かせていた。違う可能性がほんの少しでもあったから我慢できた。

 だけど、俺はそこに彼女の魂が宿っていることをしてしまった。


「暁斗? ご、ごめんなさい! ちょっと近かった!?」

「……き、気に、しないで」


 頬に生暖かいものが伝う。同時に千尋さんが俺の様子に気づいて離れた。脚から力が一気に抜けるも、そのまま倒れないよう踏ん張った。


「ご、ごめんなさい! む、無神経なこと言っちゃった……かな」

「いや、ちが……本当に、違うから。嫌で泣いたとかじゃなくて」


 手で目を擦り、軽く呼吸に意識を向ける。今のは少し驚いただけということもあって、すぐに涙は止まった。


 ……いや、嘘だ。今でもちょっと気を抜いたら泣いてしまいそうになる。でも、もう涙を見せる訳にはいかない。


 だって、こんなの……無理だろ。大好きだった人。愛していた人と、次の人生でもまた会えるなんて。溢れて止まらなくなるに決まってる。


「むしろ、嬉しかった。だから、本当に気にしな――」


 言葉にする途中で気づいた。まだ少し視界が滲んでいるが、それでも分かる……千尋さんの真っ赤な顔。


「……千尋さん?」

「……あの、その。そう言ってくれると嬉しい……けど、一個だけ聞いてもいい?」

「あ、ああ」


 千尋さんが耐えられなくなったのか後ろを向いて、それから聞いてくる。


「私って今……凄いこと言っちゃった?」

「……あ」


 その言葉に気づいてしまう。千尋さんの言葉を思い返せば――これはもう、そういう告白ものにしか聞こえない。


「あー、いや、その。千尋さん。大丈夫、大丈夫だから。分かってるから。言葉の綾みたいなもので――」

「違うよ。本気で、ずっと傍に居たいって意味で言って――」


 どうにかフォローをしようとするも、それが良くなくて。千尋さんが耳まで真っ赤にして声にならない声を上げた。


「……」

「……」

「……暁斗」

「は、はい!」


 少しの無言の後、名前を呼ばれる。勢いよく返事をすると、千尋さんが少しだけ振り返ってちらりと俺を見た。


「その、先に謝りたいんだけど……一緒に帰ろうって言ったのに、ほんとにごめんなさい! 私先帰るね!」

「かえっ!? ……わ、分かった!」

「あ、明日は一緒に帰れるからね! また明日ね!」

「ま、また明日!」


 言い終わると同時に千尋さんが走り出す。いきなりのことに驚いてしまったものの、多分そうしないと色々大変なことになってしまいそうだったのだろう。……今日のお昼も凄いこと口走ってたし。俺もこれ以上一緒に居たら、また色んなものが溢れて止まらなくなったかもしれない。


 それを見届けて、改めてふうと息を吐く。色々なことが頭を駆け回るが、今は一つに絞る。


「また変な尾ひれがつかないといいな」


 ここはまだ学校に近い。先程のやりとりはたくさんの生徒達にガッツリ見られていた。


 何があったのか俺に話しかけてくる人が居ないことだけが幸いだった。


 ◆◆◆


 家に帰って風呂などを済ませた後。部屋の中、ベッドの上で俺は考えていた。ずっと疑問に思っていたことに、やっと結論が出せそうだったからだ。


 その内容は――今のの魂と、前世のの魂。この二つの存在について。


 今まで色々と考えていたのだが、今日の千尋さん……というか、出会ってからの千尋さんの言動を見て確信した。


 俺の魂に私の魂が入り込んできた……異世界の全く関係ない人の魂が入り込んできたという可能性も考えていたが、それは違った。

 俺の魂は元々が持っていたもので間違いない。私の記憶を全て削ぎ落として二度目の人生を現代日本で過ごしたら、今のになったのだ。……本当は三度目四度目という可能性もあるが、考えるとキリがないからやめておく。


 前世で███様……ああもう、こっちでの発音が難しいんだよな、向こうの名前。他は大体日本語に直せるんだけど、名前とか魔法名は別だから難しい。例えるなら……『Blue』なら『青』みたいな感じで脳内で変換は出来るんだけど、『Alex』はそのまま『アレックス』と呼ぶしかないみたいな。それにしても発音が難しいので、多分喉とか舌の作りが違うんだと思う。

 それは置いといて……前世でお嬢様が言っていたことがある。


 魂は環境で磨かれ方が変わる。この魂が現代日本、そして両親にも恵まれた結果、今の俺になるよう磨かれたということ。根幹はと変わりないのだ。


 それは千尋さんも同じだった。最初は偶然とか、俺の思い込みだと思っていた。

 でも違う。千尋さんも同じように、と根幹は同じなのだ。


 けれど、だからこそ――困ってしまった。


「……明日からどんな顔して話せばいいんだろう」


 思い出すのは先程言われたことと、彼女の瞳。それに加えて、千尋さんの顔がとても近かったことを思い出して――顔が一気に熱くなる。


「ああ、もう」


 今世で異性と接した経験が少なすぎる。前世でもほぼお嬢様としか関わっていなかったし……屋敷のメイドと話すことはあったが、毎回途中でお嬢様に捕まって調べ物に付き合わされた。

 いや、違う。そういう問題じゃない。大好きだった人と次の人生でも出会えてしまったのだ。何を話せばいいのかとか、距離感を間違えないかとか心配にもなる。大好きな人には嫌われたくないから。


 ……分かっている。千尋さんは前世の彼女と同じだけど、同じじゃない。分かっているはずなのに……なんでこんなに。


「顔あっつ……想像以上にやばいな」


 もし明日以降も同じような距離感だったら……さっきみたいに耐えられなくなるかもしれない。泣くくらいならいいけど。感極まって抱きしめてしまったらどうしよう。さすがに通報ものだし、そこまではいかなくとも千尋さんが傷つくだろう。多分。今日何か不穏なことを言っていた気もするが。

 いや、さすがに一日経てば千尋さんも落ち着くだろう。そう信じよう。


 深呼吸を挟み、心臓を落ち着ける。


 俺は千尋さんの友達であり、それ以上でも以下でもない。前世のことはともかく、今世ではそれを徹底しなければならない。……そうしないと耐えられなくなるから。

 これを胸に刻んでおけば、明日から何かあっても大丈夫だろう。多分。

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