第48話 吟遊詩人を探す旅と恋の妨害工作

​ こうして俺たちの新たなミッション『歌うま吟遊詩人・ラルクを探せ!』は、獅子王レオンハルトの全面的なバックアップのもと、開始されることになった。


 王は、俺たちに国中どこへでも行けるという、王の紋章が入った通行証と、潤沢な活動資金を用意してくれた。

 お尋ね者から一転、まるで王直属の密命を受けた勇者一行のようだ。気分がいいかと言われれば、胃の痛みのせいで、全くそんなことはなかった。


​「ラルクは、南の自由都市『アルテ』を目指したという噂じゃ。まずは、そこへ向かうのが、定石じゃろうな」


 ​ガレリアの街を出発し、南へと続く街道を進む馬車の中、バランが地図を広げながら言う。

 

 王が手配してくれた快適な馬車だ。

 野宿の必要がないだけで、俺の心は少しだけ軽くなる。

​ だが、その平穏はすぐに打ち破られた。


​「……解せませんわ」


 ​俺の隣でセレスティアが腕を組み、ぷくーっと頬を膨らませていた。

 旅が始まってから、ずっと、この調子だ。


​「なぜ、わたくしの愛の力ではなく、どこの誰とも知れぬ、小僧の歌声に、頼らねばならないのですか。これは、ユウキ様が、わたくしの愛を信じていないという、何よりの証拠! 断固として、抗議いたします!」


「そういうわけじゃない。リスクが低い方法を選ぶのは、当然だろ」


「いいえ! 愛とは、リスクを乗り越えてこそ、燃え上がるもの! そもそも、そのラルクとかいう男、本当に妖精に祝福されているのでしょうか? わたくしには、甚だ疑問ですわね」


 ​セレスティアは、完全にラルク君に対して敵意むき出しだった。

 まだ会ったこともないのに。

 これは完全に嫉妬だ。


​「……マスター。対象『ラルク』に関する、事前情報をスキャンしました」


 ​俺の向かい側に座るイヴは何もない空間から、ホログラムのようなウィンドウをいくつか表示させている。

 どうやら城の書庫のデータを、いつの間にか、丸ごとダウンロードしていたらしい。


​「ラルク。当時15歳。非常に中性的な顔立ちで、その美声は性別を問わず、多くの者を魅了した、と記録されています。特筆すべきは、彼が王女レオナと、非常に親密な関係にあったという、複数の証言です」


「な、なんですって!?」


 ​イヴの淡々とした、しかし、爆弾のような報告にセレスティアの嫉妬の炎が、さらに大きく燃え上がったようだ。


​「美少年……ですって!? しかも王女様と親密……!? 許せません! そのような、女の敵のような男に、我らがユウキ様の大事なミッションを任せておくことなど、断じてできませんわ!」


​「落ち着け! まだ、会ってもいないんだぞ!」


「いいえ、落ち着いてなどいられません! こうなったら、わたくし、決めましたわ!」


 ​セレスティアはビシッと高らかに宣言した。


​「そのラルクという男を探し出す前に、わたくしが、先に歌の練習をして妖精に祝福されてみせます!」


「そんな、無茶苦茶な!」


 ​それからというもの俺たちの旅は、セレスティアの地獄のボイスレッスン会場と化した。


​「♪~あなたと~わ~たし~電気ショック~♪」


「変な歌はやめろ! 喉を潰す気か!」


 ​馬車の中で彼女は、一日中、歌い続けた。

 その歌声は、驚くほど音程が外れており、聴く者の精神を的確に蝕んでいく。

 ミィナは猫耳を必死に押さえ、バランは耳栓をしてもなお、苦悶の表情を浮かべている。


​「……マスター。聖女の歌声による精神汚染を確認。このままでは12時間以内にパーティの士気は壊滅的なダメージを受けます。対象の発声機能を一時的に停止させますか?」


 ​イヴが真顔で物騒な提案をしてきた。

 俺は泣きながら首を横に振るしかなかった。



 ​そんなカオスな旅を続けること、数日。

 俺たちは、ようやく自由都市アルテの、一つ手前の宿場町にたどり着いた。

 その夜、宿屋の一室で、俺たちが疲れ果ててぐったりしていると、どこからともなく信じられないほど美しい歌声が聞こえてきた。


​ それは、まるで夜空の星々が、そのまま音になったかのような透き通るようなテノールの歌声。

 悲しい恋の歌だったが、その音色は聴く者の心を優しく、温かく、包み込んでいく。


 セレスティアの破壊的な歌声に汚染された俺の心が、みるみるうちに浄化されていくのが分かった。


​「……なんだ、この歌声は……」


 ​俺たちは導かれるように、その歌声が聞こえてくる宿屋の中庭へと向かった。


 月明かりの下、噴水のほとりでリュートを奏でながら歌っている、一人の美しい少年の姿があった。

 銀色の髪が、月光を浴びて、キラキラと輝いている。

 その姿は、まさにおとぎ話に出てくる妖精のようだった。


​ そして、その歌が終わった時。

 俺たちは、確信した。


​「……見つけた」


 ​間違いない。彼こそが、俺たちが探し求めていた『妖精の愛し仔』。

 ラルク、その人に違いない。


 ​だが、その感動的な再会の場面で、一人、わなわなと拳を握りしめて震えている女がいた。


​「…………」


 ​セレスティアが、その美しい顔を嫉妬とライバル心で真っ赤に染め上げて、その少年を睨みつけている。

 その瞳は、もはや恋する乙女ではなく、獲物を見つけた猛獣のそれだった。

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