第47話 第三の選択肢と妖精の歌
「――やかましいわい!」
不意にバランの雷のような一喝が、部屋に響き渡った。そのあまりの迫力に、あれほど白熱していたセレスティアとイヴの口論が、ぴたりと止まる。
「人の娘が死にかけておるというのに、お前さんたちは、目の前で痴話喧嘩か! 少しは、場をわきまえんか!」
バランに一喝され、二人は「「うっ……」」と気まずそうに俯いた。
意外なことに、この老獪なドワーフの言葉は、この二人にも効果があるらしい。
「すまんのう、王様。うちの若いのが、取り乱してしもうて」
「い、いや……」
獅子王は、まだ状況に追いつけていない様子だった。
バランは、やれやれと首を振ると、一つ、古い記憶を辿るように、語り始めた。
「……そうじゃ。わしの婆様から、昔、聞いたことがある。このような『偽りの心を植え付ける呪い』には、たった一つだけ、対抗策がある、と」
「なんだ、それは!?」
獅子王が食い気味に尋ねる。
俺も固唾をのんで、その言葉を待った。
「それはな、『
妖精の、愛し仔?
ファンタジー全開の、あまりにも突飛な単語に、俺たちは首を傾げた。
「妖精の愛し仔、とは、ごく稀に生まれるという、妖精に祝福された魂を持つ人間のことじゃ。その者が奏でる、一切の邪心なき純粋な歌声だけが、歪められた心を優しく解きほぐし、元の状態に戻せる、とな……。まあ、ただの、おとぎ話じゃがのう」
バランがそう言って、話を締めくくろうとした、その時だった。
これまで黙っていた獅子王が、はっと、何かに気づいたように顔を上げた。
「……妖精の、愛し仔……。まさか……」
王は震える声で語り始めた。
彼の娘、レオナには、幼い頃たった一人だけ身分を越えた友がいたのだという。
それは城に出入りしていた、旅の一座の吟遊詩人の少年だった。
「その少年は、不思議なほど、歌がうまかった。まるで、森の妖精が、歌っているかのように……。レオナは、その歌声が大好きでのう。……じゃが、王女と平民の交友を快く思わぬ者たちによって、その一座は数年前に、この街を追われるようにして去ってしもうた……」
王の話に全ての点が線で繋がった。
その少年こそ、バランの言う『妖精の愛し仔』に違いない。
「その方の、お名前は!?」
俺が尋ねると、王は懐かしそうに目を細めた。
「……名は、ラルク。確か、南の自由都市の方へ、向かったと風の噂で聞いたことがある」
第三の選択肢。
それはあまりにも、おとぎ話めいた一筋の希望の光だった。
「決まりだな」
俺が言うと、セレスティアが猛然と異を唱えた。
「お待ちください、ユウキ様! どこの馬の骨とも知れぬ、吟遊詩人の歌声が、わたくしの、ユウキ様への愛よりも、強力であるなどと、断じて認められませんわ!」
「同感です、マスター。妖精という非科学的な存在に、王女の命運を託すのは、極めて非論理的。私の計算では、成功率は10%未満です」
やはり、この二人は反対か。
だが、今の俺たちには、このか細い希望にすがるしかない。
「王様。俺たちに、そのラルクという少年を、探させてはもらえませんか」
その申し出に獅子王は深く深く頭を下げた。
「……頼む。どうか、娘を救ってやってくれ」
こうして俺たちの新たな旅の目的が決まった。それは、魔王の眷属を倒すことでも、国の陰謀を暴くことでもない。
ただ、一人の歌の上手な少年を探し出す、という、あまりにもメルヘンチックな大冒険。
俺はこれから始まる、新たな旅路を思った。
セレスティアの、まだ見ぬ吟遊詩人への激しい嫉妬が、今からでも目に浮かぶようだ。
俺の胃は、ほんの少しだけ回復したかと思うと、また新たな種類の痛みで、きりきりと悲鳴を上げ始めた。
俺の人生、どうしてこうもラブコメの王道展開に巻き込まれていくのだろうか。
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