あの事件と学級委員
こころちゃんに学級委員を勧められて、本当はやりた……いや、だめ、やっちゃだめ。決めたことに逆らっちゃだめ!
真面目な心が、私の願望をせき止めてる。あの事件、というのは……。
去年、小学六年生だった私は、クラス委員になって、学級活動でもリーダーとして動いていた。
掃除の時間になると、いつも掃除をサボる男子がいて、私はそのたびに注意していた。
『ちゃんと掃除してよね!』
私がそう強めに注意すると、男子たちはへへ、と笑って廊下へ出ていってしまう。
『もう、男子ったら。いつも女子に任せて掃除、サボっちゃうんだから』
私がそう言ってため息をつくと、周りの女子もふふっと笑うのだった。
だから、私が注意するのは正しいことだし、それが場の雰囲気も楽しくさせてるって、ずっと思ってた。
でも、ある日、男子の会話が聞こえてきたの。
『水森って、怖いよな』
怖い……?
訳が分からなくて耳を傾けていると、他の男子も。
『めっちゃ注意してくるし、当たり強いよな。睨みつけるような目も恐怖って感じ』
私、そんな怖い目になってたの?
すると、私に優しくしてくれていた男子まで。
『俺、水森さんにいつ睨みつけられるかって思ったら、怖くて仕方がないよ』
その時、私、悲しくなってその場を離れたんだ。その後もたびたび、クラスメイトの中で、私が怖いってことが噂になってて。私の気の強い性格は、外に出したって問題ないって思ってた。でも、そのせいで怖がられて嫌われちゃってたんだって気づいた今、自分を変えなくちゃって思った。それで、中学校からは気の強い自分をみんなに見せないって決めたの。清楚で控えめな女子を貫くってね。そのために、家からは少し遠いけど、同じ小学校の人が少ない、この中学校に入学したんだ。学級委員に立候補しないのも、リーダーになってしまったら、注意しないといけない場面が出てくるかもしれないって思ったから。
だからほら、ダメだよ、自分。学級委員になっちゃ。
脳ではそう言ってるんだけど。
「はあ」
体と心は受け入れていないみたい。もう。真面目になって! やらないって決めたんだから、やらないんだよ!
そう、心の中で強く叫んで、ようやく私の体と心は受け入れた。でも、心の奥にはまだかすかにモヤモヤしたものが残っていて。それがなんだか気持ち悪くて、今日は明菜の体に入って過ごすことにした。ため息をつきながら、両手を胸に当てて、ゆっくり目を閉じたのだった。
『アイドル、アイドル、ア、ア、ア、アイドル! ココにタネまいてハピネス咲かそう♪』
歌に反応してゆっくりと目が開き、カーテンを通して入ってきた朝日が私を照らす。
『さあ、みんな、いっくよー!』
ハイ!
声につられて今度は体が起き上がる。そして、口も開く。
「ユイナ、ユイナ、ユ、ユ、ユ、ユイナ!」
掛け声を本気でやって、スマホの「ストップ」をタップした。
最高! ユイナ、大好き!
私は毎朝、スマホのアラームをココタネのデビュー曲、「ココタネハピネス!」に設定して、こんな感じで掛け声をしているの。これほど気持ちの良い朝はないでしょ!
ベッドの前には、ユイナのポスターも貼ってある。そのポスターを見ると、ますます興奮してくる。
ベッドから軽々と飛び降り、クローゼットを開く。その時、今頃、モヤモヤしているだろう希聖乃のことを思い出した。
希聖乃、私の今のテンション爆上がりな気持ち、おすそ分けするよ。学級委員決め、頑張ってきな。やりたいなら、その気持ちに従いなよ。たまには真面目な自分も、脱ぎ捨てちゃお!
そう心の中で告げて、優しい笑みとともに、両手を胸に当て、ゆっくり目を閉じた。
な、ちょっと待って、なんか液体が口の中に入ってるんですけど!
慌てて飲み込んじゃって、喉に引っ掛けて、咳込んじゃった。
「大丈夫? お姉ちゃん」
小学四年生の弟、雄太が卵焼きを頬張りながら首をかしげている。
「大丈夫、大丈夫! 気にしないで」
私が急いでそう答えると、弟は再びご飯に目を落とした。
どうやら、私は今、ちょうど朝ご飯のみそ汁を飲み込もうとしていたところだったらしい。タイミングが危なすぎるよ!
「ふう」
一息ついて、再びみそ汁のお椀を手に取る。
『やりたいなら、その気持ちに従いなよ。たまには真面目な自分、脱ぎ捨てちゃお!』
明菜の言葉が胸いっぱいに広がっていく。明菜の言葉って、友達想いだからなのかな。一つ一つに愛情がこもっていて、心に響くんだよな。同じ自分なのに、不思議。
(そうだよね、やりたいと思う気持ち、大切にしなきゃ)
やろう、学級委員、立候補しよう!
しっかりうなずき、みそ汁をすする。湯気が頬に当たって、それがまるで明菜の手でなでられているみたいだった。
「一時間目は委員会決めをやります。八時四十五分から始めるからそれまでトイレ休憩〜!」
藤山先生のその声で、教室が一気に会話でいっぱいになった。後ろから、ちょんちょん、と背中を叩かれる。
「ねえ、委員会、どうするの?」
そう言うこころちゃんの目の奥には、「学級委員やりなよ」という期待が感じられる。そして私は今、その期待に応えられる。
私はにっこりして答えた。
「学級委員、やろうと思う」
その途端、こころちゃんの目の奥にあったものが一気に光りだしたように見えた。
「やっぱそうだと思ってたよ! そうこなくっちゃ!」
すると、隣の席の男子も話に入ってきて。
「水森さん、立候補するの?」
うんってうなずくと、男子は嬉しそうになった。
「うわ、絶対、水森さんが学級委員になれば、最高のクラスになるじゃん!」
それは言い過ぎだよ……嬉しいけど。
照れた気持ちがバレていないか気にしていると、チャイムが鳴った。
ガラガラガラ
先生が教室に戻ってきた。
「さて、まずは男子の学級委員から決めます。やりたい人〜」
すると、壁際の席の男子が一人、手を挙げた。
「お、河野か」
すると、男子が急にツッコみ始めた。
「いやいや、河野で大丈夫かよ」
河野君は、私とも明菜とも違う小学校。だからどんな子か全然、分からないんだけど、もしかして、やんちゃなのかな?
でも、その顔は冷静で、周りの声には動じない様子。そして、謎の一言。
「大丈夫だよ。俺、成績優秀だし」
な、なんか鼻に触るんですけど! ていうか、成績で学級委員が決まるものじゃないし!
「誰もいないな。河野でいいか?」
すると、みんな拍手した。私も拍手する。
「じゃあ、あとは女子だな。やりたい人はいるか?」
ついに来た、私の出番。
すっと腕を伸ばした。
「お、水森さんが手を挙げているな。他にやりたい人はいるか?」
すると、教室が盛り上がった。
「水森さんなら、絶対大丈夫だよ」
「河野があんなでも、水森さんならやっていけるね」
嬉しくなって思わず顔が赤くなる。慌てて呼吸を整える。
「じゃあ、水森さんでいいか?」
先生の確認の言葉に、拍手が巻き起こった。
「じゃあ、学級委員は河野と水森さんに決定!」
もう一度、拍手が鳴った。明菜、本当にありがとう!
でも、嬉しい気持ちの反面、心配もあった。
後ろを振り返り、壁際を見る。河野君が「よっしゃー!」と言っているのか、何を言っているのか分からないけど、そんな感じでガッツポーズしてて。大丈夫……かな?
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