「もう一人の私」の幼馴染に恋をする

@tyubomi

「希聖乃」と「明菜」

「明日、委員会決めをするのだが、誰か学級委員をやってみたいっていう人はいるか?」

 担任の藤山先生がそう言ってあたりを見回す。でも、誰も手を挙げない。

「……誰もいない、か。明日決めるから、迷っている人は考えておいてほしい」

 藤山先生はそう言うと、起立、と言って、下校するように言った。

 リュックを準備していると、後ろから明るいトーンの声がした。

「希聖乃ちゃん!」

 水森希聖乃(きせの)……一人目の私の名前だ。

 声をかけたのは、出席番号がすぐ後ろの、三谷こころちゃんだ。昨日の入学式で話しかけてくれて、それから少しずつだけど、会話が増えてるんだ。

「どうしたの?」

 私が尋ねると、こころちゃんは、スッと私の耳に顔を寄せてきた。

「……学級委員とか、興味ないの?」

 ギクッ!

 こころちゃんが、つぶらな瞳で私の目を見つめてくる。

「わ、私は、いいかな」

 謙虚さを出して返事をすると、こころちゃんは面白くないとでも言うように目を背ける。

「えー、でも希聖乃ちゃん、めっちゃ真面目そうじゃん。学級委員とか、絶対向いてると思うんだけどな」

 入学して会ったばかりのあなたに、一体、私の何が分かるの?

 と思ったけど、心の中で抑えておく。まあ、真面目なのは合ってるしね。

「でも、ちょっとな。学級委員なんて大役、私にはできないよ」

 これ以上は言及されてほしくなくて、苦笑いしながら首を横に振ると、こころちゃんは諦めたようにため息をついた。

「そう? でも、希聖乃ちゃんこそ学級委員になるべきだと思うんだけどなあ」

 また明日、そう言って再び笑顔を取り戻して教室を出ていくこころちゃんに、私もにっこり微笑んで手を振り返した。

 私、学級委員はね、きっと、前の自分なら迷わず立候補してたと思う。でも、あの事件があったから。だから絶対、学級委員なんてやっちゃいけない、そう決めたんだ。

 さて、と気を取り直す。これから、私の至福の時間がやって来ますから!

 想像していると、いつの間にか顔がにやけてくる。いけない、いけない。

 両手を胸に当てて、ゆっくり目を閉じた。



「明菜、じゃあね!」

 東野明菜(あきな)……二人目の私の名前だ。

 ここは一年二組の教室で、ホームルームが終わって帰るところ……だね? 了解、了解。

 振り返り、ニカッと笑顔を見せて、大きく手を振る。

「またね~!」

 昨日、中学校に入学してきたばかりだけど、友達には困ってない。だって、うちの小学校の人がほとんどなんだもん。でも、新しい友達たくさん作りたかったから、同じ人ばかりだとなんかちょっと寂しいんだよね。同じ小学校の子に言ってみたら、友達に困らなくて嬉しいでしょって驚いてたけど。

「明菜」

 いつもの落ち着いた声が背中から聞こえた。振り返ると、やっぱり。

「うん、一緒に帰ろう。秀人、ちょっと待っててね」

 話しかけてくれたのは、同じクラスで幼馴染の中橋秀人。マンションの隣の部屋に住んでいて、幼稚園に入る前からずっとよく遊んできた。

 リュックを背負って教室を出て、下駄箱へと歩き始めると、秀人の手に一冊の本があるのに気づいた。

「それ、なんていう本なの?」

 首を傾げて尋ねると、秀人は表紙を見せながら答えた。

「森の旅人っていうんだ。都会の少年が森へと旅をするんだよ」

 パラパラと、本の中を見せてくれた。うわ、すごい。字、ちっちゃ!

「難しそうな本だなあ。こんなのも読むなんて、さすが秀人だよね」

「そんなことないよ。お話は面白いから、明菜も読み始めたらきっと楽しいよ」

 秀人は小さい頃から読書家で、それに伴って成績も優秀。私とは正反対。あ、希聖乃の方の私は頭良すぎるんだけどね。それだから、別に明菜の方の私は成績そこまで良くなくてもいいかな、なんて思っちゃうんだよな。悪い癖。

「そうかなあ。でも、私はやっぱり漫画だな」

 小説より漫画。でも、でも、漫画よりアイドル!

 アイドルグループ「ココタネ」のユイナちゃんの雫のような瞳と、流れるような髪と、それから……キャー、考えただけで興奮する!

 考えていたらいつの間にか顔がにやけてきちゃった。

「どうかした? 大丈夫?」

 はっと我に返って秀人の顔を見上げると、秀人の顔がすごく高いところにあることに気づいた。小さい頃は私のほうが高かったのに、秀人が私の背を追い越して、今はもう私の目が秀人の肩に。中学校に入学するって、こういうことだよね。

「ううん、なんでもない!」

 私が顔をぶんぶん横に振ると、秀人は、なら良かったって言って、本を再び握り直した。

 アイドルが好きだってことは、秀人には内緒。だって、推し活してるって知ったら、引いちゃうかもしれないから。

 楽しくおしゃべりしていたら、いつの間にかマンションに着いていて。また明日、と言い合って、私たちは部屋へと入ったのだった。

 バタンとドアが閉まる。今、希聖乃に入ったら、きっと大変なことになってるだろうな。

 そう思いながら、両手を胸に当てて、ゆっくり目を閉じた。



 キャー、やばい、やばすぎる!

 ここは部屋の中。私はベッドに寝転がって教科書を読んでたみたい。

 ドキドキとした気持ちで胸が大騒ぎしてる。柔らかな声、優しいほほ笑み……思い出すだけで興奮しちゃうよ!

 そう。私は、もう一人の私である明菜の幼馴染、秀人に恋しているの!

 私は生まれたときから、自分が二人いた。きっと、物心がつく前に、自分が二人いること、そして私がその二人の体に交互に入る、すなわち私の意識を適宜、移しながら生活できることを学んだんだと思う。どうやって知ったのか、全く覚えていないから。

 でも、これには不思議なことが二つあるの。一つ目は、私が意識を入れていない方も存在してるってこと。例えば私が希聖乃の体に意識を入れて友達と話している間でも、明菜は私の意識とは無関係に、漫画を読んでたりする。だから、私が意識を移すとき、とにかく注意しないといけないのは、移した相手が、今、何をしてたのかってこと。その体に入れば、脳に入っている記憶を認識できるから、さっきの授業で数学を勉強したことも、今、友達と給食について話していたことも、記憶として残っていれば、知ることができる。逆に言うと、体に入って新しい記憶を取り込むまでは、その人が何をやっていたのか分からない。つまり、移した瞬間に友達から話しかけられると、唐突な返事をしかねないから、かなり難しいの。小さい頃は記憶の取り込みに時間がかかって、そういうトラブルが何度もあったけど、最近は慣れてきて取り込みが速くなったから、だいぶトラブルも起こりにくくなっている。

 二つ目は、どちらも同じ「自分」なのに、性格が違うってこと。だから、考え方も違うし、好き嫌いも異なる。明るくて友達想いだけどちょっと不真面目な明菜、成績優秀で真面目だけど気の強い希聖乃。だから、明菜だと簡単にできることでも希聖乃だとできなかったり、その逆ももちろんある。その二人を上手く使いこなすことが大事ってわけ。

 そして、二人の自分がいるってことは、他の誰にも言っちゃいけない、秘密なの。だって、バレたらさすがに変人だと思われそうだし、もしかしたら研究所とかに運ばれて解体させられるかもだし……て、怖すぎでしょ! 絶対、誰にも言わないんだから。

 そんなこんなで、私、希聖乃は小さい頃からずっと、明菜として、秀人を見てきた。明菜と私は家が離れていて、幼稚園も小学校も違ったから、希聖乃の体で秀人に会いにいく術がなかったんだ。

 でも、中学校でついに同じ学校になった。なんで、同じ学校に入学することになったのかっていうと、あの事件が関係していて。

「はあ」

 思わず、ため息が出てしまった。

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