河野君は不真面目
次の日。早速、昼休みに学級委員の集まりがあって、私は給食を爆速で食べた後、急いで多目的室に向かった。
中に入ってしばらく待っていると、少しずつ他のクラスの学級委員も入ってきて、にこにこ挨拶してくれる。私も会釈していると、先生も入ってきた。
「お、全員来てるかな?」
先生がそう言いながら席に座ると、三組の女子があたりを見回して、首を横に振った。
「いえ、まだ足りません」
確かに、一人足りない。て、あれ? 河野君は?
慌てて立ち上がる。
「すみません、私のクラスの男子がまだ来てません」
もう、なんで? 一回目の集まりで、遅れるとかある?
すると、先生は尋ねた。
「今日は学校、来てた?」
「はい、来てました」
「そうか、うーん」
先生は唸って、時計を見た。そして、何かを決めたようにうなずく。
「もう、時間も時間だし、始めちゃおう」
ああ、もう。何してるの? 河野君。始まっちゃうよ。
焦っている私をよそに、話し合いが始まってしまった。
「学級委員は、毎週、学年集会で司会を務めます。それから、クラスの黒板を、授業後にきれいにするのも仕事です。他にも、学年でトラブルが起こった時には、その対策を考えたりし」
「すみません! トイレ行ってて遅れました!」
元気よく廊下から走り込んできたのは河野君。はあはあ、と、嘘っぽい息切れを見せながら、頭を下げている。
「次からは、気をつけようね」
先生のその言葉で、私はほっと息をついた。優しい先生でよかった。怒鳴り散らすんじゃないかってドキドキしてたんだ。
河野君はもう一度頭を下げてから席に座った。
話し合いが終わり、教室を出た。前を歩く河野くんの背中にイライラして。注意しようとする口を脳が無理やり止めている。唇をかみしめながらうつむいた。
放課後、帰る寸前の河野君を呼び止めて、係分担を話し合った。結果、一日の前半の黒板は私、後半は河野君、ということになった。
次の週になり、学校に行って、今日の授業の範囲の教科書を読んでいたら、誰かが、リズム良く机を叩いてきた。顔を上げると、こころちゃんがいた。
「おはよ! さすが、真面目な希聖乃はやることが違いますな」
いかにもアニメに出てきそうな口調で話す様子を見て、私もクスッと笑ってしまう。
そして、謙虚さのある返事を返す。
「ちょっと、教科書読んでただけだよ」
でも、こころちゃんは、すごいって褒めてくれた。
「それで、今日から仮入部だよね? どこ入るかもう決まってるの?」
こころちゃんはそう言って首をかしげている。私はもう、入学前から、あそこが良いかな、というのは決めていた。
「手芸部、かなって」
小さい頃、おばあちゃんとよくお裁縫をしていて、すごく楽しかったのを覚えてる。だから、もっと練習して上手くなりたいって、そう思ったんだ。
「手芸か。確かに、希聖乃、得意そう」
よく聞いてみると、こころちゃん、もう私の名前、呼び捨てだ。じゃあ私も呼び捨てでいっか。
「こころは何部、入ろうと思ってるの?」
すると、急にこころが目を輝かせ始めた。どうしたの? って思ってたら。
「希聖乃も呼び捨てで呼んでくれた、嬉しい!」
ええ、そこ?
私が驚いているのが伝わったらしくて、こころが付け加える。
「だってさ、希聖乃ってめっちゃ控えめでさ。心開いてくれるの時間かかりそうだったから」
私が、控えめ……。
ついに、この時が来たのだと思った。「注意するうるさい怖い奴」ではなく、「清楚で控えめな子」になりたいという思いが叶えられた、そんな気がして、胸が一気に盛り上がる。
「どうかした? なんか急に、目がキラキラしてるけど」
こころが驚いて、目を見開いている。私ったら、すぐ感情が表に出ちゃうんだから。
私が首を横に振ると、こころはウインクして、「私と仲良くなれて嬉しいよね!」って言ってくれた。私も元気よく頷いた。
五時間目がもうすぐ始まるという時だった。ふと黒板を見上げると、黒板が白いチョークの文字でいっぱいなことに気付いた。河野君、黒板消してないじゃん!
慌てて立ち上がり、黒板の前へと走る。黒板消しを手に取り、急いで消した。なんとか授業に間に合い、ふう、と息をつきながら、河野君は何をしているんだろうと思って教室を見回していると、男子の集団に紛れてワチャワチャやっていた。もう、何なの?
そしてその後の授業も、結局、河野君は仕事をサボり、私が消す羽目になった。本当は注意したい! けど、注意できない。注意しちゃいけない、そう決めたんだから。
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