SIDE 島村:小雨に揺れる一凛

部屋を照らしている灯りは眩しく、島村の目を焼き付けているほどだった。


彼女は、一時間近く何もせずにベッドの上に横たわっていた。

宿題をしている途中、坂田にキスした記憶が蘇り、次第に目が潤ってしまった。

声は出ずに、涙はしばらく止まらなかった。


そして気がつけば、天井をずっと見ていた。


なんで……


放課後の自分が取った行動を、何もかも理解しかねる。


坂田のことを諦めていなかったのか…

一緒に廊下を歩いている時、ずっと心が踊るようで口も止まらなかった。

自分からとはいえど、芝目の話にした途端、鋭く胸が痛んだ。


そして、坂田が簡潔に芝目との結果を教えて、それ以上を言わなかったことに……彼の思いやりが島村の心を突いた。


知らず知らず高まる感情が理性を先越して、我に返ったときには既に取り返しのつかないことになった。


部屋に戻っても、頭がずっとその時を再生している。


課題に集中しようとしても、いつも坂田のことに思考が戻る。


かわいた涙跡を拭いて、深いため息を吐いた。


思考が坂田から離れなければ……一層満足するまで投じてみよう…


目を閉じて、島村は妄想の果てまで心を暴れさせた。

坂田と向き合って、手をつなぐ。そのまま顔を近づけて、唇を…重ねた。


その映像に思わず顔をしかめる。

坂田の後ろに、芝目里香の姿がいたからだった。


……余計つらいわ……


それでも妄想は収まらず、押し倒されたことまで進んでしまう。

涙が再びにじみ出る感覚を抑え込むように、思わず身じろぐ。

姿勢は横になり、指一本を口にくわえる。


……ダメ…これ以上は……!


二人が重なる映像…だが、行為のことを目にする前に、ふとあることに我に返った。


……坂田は…EDを患っていた。


ゆっくり、瞼をあげて横にあるスマホをみる。

深呼吸とともにいくらか胸のしまりが収まって、冷静さを取り戻したように感じていた。


「…そういえば、そんな話あったね…」


小さくため息をつきながら体を起こした島村は、スマホを取って揺れる足取りで机に戻る。

宿題のプリントと授業ノートを横に払いやってパソコンを引き出した。


立ち上げた途端、画面に映るのは複数のブラウザータブが開かれたままだった。

そのほとんどは、医学記事。


<勃起不全の原因・男性の健康体・血液循環の正常>


そして横にあるカレンダーに目をやる。

今週は、生徒会の課題でほとんど埋まっていたが、一日だけ星マークがついていた。


坂田のために空けている日だった。

パソコンで調べているものも、すべては坂田の悩みを一緒に解決するための準備だった。


しかし、今の島村には、その先を進めるには少し抵抗を感じていた。

スマホの画面には「坂田阿木」という名前の下に、メッセージのボタンと通話のボタン。


島村の親指は、その二つの上に浮いていた。


パソコンと明かりの電子音が低く耳に響いていた。


目を細める島村は、息を殺してメッセージのボタンをタップする。そして文面をぎこちない親指で文章を書き上げてみた。


”こんばんわ、坂田。この間のはなs”ーー

……ダメ、まずは放課後のことを謝らないと…

そう思いながら、最初の書き出しを削除した。


”今日は、ごめんなさい。びっくりさせるつもりじゃ”ーー

ーー削除。

唇に、噛む力が入り始めた。


”芝目さんがいるというのに、すみませんでしt”ーー

またして削除。


スマホを睨みながら、何度も文を書き上げては消す。

その度、握る指がだんだんと白くなっていく。


一息つくように時計を見ると、時刻は”00:30”。


「……今週は…ダメかもね…」


肩を落としながらスマホを机に伏せる。パソコンも閉じてから明かりを消し、島村はしばらくその暗闇に溶け込むように立ち尽くしていた。


胸に手を添えて、小さく震えた。


今になって、坂田との関係が壊れることに、再び緊張が走る。

それがないことだけ、彼女は祈りばかりだった。


ーー明日、ちゃんと謝らなきゃ…


布団にくるまった暗闇の中、震える指先だけが落ち着きを拒んでいた。

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