【第9章】氷の城塞、鉄壁の防衛
夜が明け、冬の領地の眼下に広がる平原は、おびただしい数の軍勢で埋め尽くされていた。王太子レオナルドが率いる三万の軍。掲げられた王家の旗が、冷たい風にはためいている。
対する私たち辺境伯軍は、わずか五千。
城壁の上からその光景を見下ろしながら、私はゴクリと息をのんだ。隣に立つゼノの横顔には、しかし、迷いも恐れも一切浮かんでいなかった。
「攻撃開始ー!」
レオナルドの甲高い号令を合図に、戦いの火蓋が切られた。
王太子軍は、圧倒的な兵力差を過信し、真正面から力押しで城壁に殺到してくる。だが、それは完全に私たちの思惑通りだった。
「今だ!落とせ!」
ゼノの合図で、城壁に近づいた敵兵の足元の地面が、突如として崩落した。巧妙に偽装されていた巨大な落とし穴だ。悲鳴を上げて落ちていく兵士たち。
さらに、別方向から狭い谷間を進軍してきた部隊には、山の上から巨大な岩や丸太が雨のように降り注ぐ。これも、私が地図を見て提案した地形利用の罠だった。
王太子軍は、序盤から予想外の損害を受けて混乱に陥る。
「怯むな!進め!数で押し切れ!」
レオナルドが後方から金切り声を上げるが、前線の兵士たちの士気は低い。彼らの多くは、高い報酬に釣られて集まっただけの傭兵や、無理やり駆り出された農民兵だったからだ。
対する辺境伯軍は、少数ながらも精鋭揃い。何より、彼らは自分たちの故郷と家族、そして心から敬愛する領主夫妻を守るという、強い意志で団結していた。
「開門!全軍、俺に続け!」
混乱の極みにある敵軍の隙を突き、ゼノは自ら馬に乗って城門から討って出た。
その姿は、まさに鬼神。
彼の振るう長剣が閃くたびに、敵兵がばたばたと薙ぎ倒されていく。かつて王国最強と恐れられた「氷の騎士」の勇姿は、敵にとっては悪夢であり、味方にとっては希望の光だった。
その間も、私は城壁の上から戦況全体を見渡し、予備兵力の投入タイミングや、負傷者の救護班の派遣などを的確に指示し続ける。
戦いに直接参加できない領民たちも、後方支援に奔走していた。兵士たちのための温かい食事の炊き出し、傷んだ武具の整備、矢の補給、そして負傷者の手当て。女も、子供も、老人も、領地全体が一つになって、この理不尽な侵略者に立ち向かっていた。
圧倒的な兵力差にもかかわらず、戦況は次第に膠着状態へと陥っていく。
焦りを見せ始めるレオナルドと、揺るがぬ意志で戦う辺境伯軍。
この戦いは、ただの兵力のぶつかり合いではない。守るべきものがある者と、ない者の、意志の強さを問う戦いとなっていた。
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