【第7章】暴かれる偽りと暴走の果て

 王都の不穏な噂と、聖女アリアの力の減退。

 その二つの事実を結びつけ、ゼノは一つの仮説にたどり着いていた。彼は、かつて騎士団長だった時代に築いた王都の人脈を密かに使い、腹心の部下に二つのことを極秘に調査させていた。

 一つは、聖女アリアの素性。彼女が本当に異世界から来た聖女なのかどうか。

 もう一つは、彼女が召喚されたという「聖女召喚の儀」の真相だ。古文書の記録と、儀式に立ち会った神官への聞き取り調査。


 数週間後。冬の領地に一羽の伝書鳩が舞い降りた。その足に結び付けられていた小さな筒には、ゼノが待ち望んでいた報告書が収められていた。

 執務室で報告書を読んだゼノの表情は、いつにも増して険しいものになる。そして、彼は私を執務室に呼んだ。


「イザベラ。王都の件、真相が判明した」

 ゼノから手渡された報告書の内容は、衝撃的なものだった。

 アリアは、やはり聖女などではなかった。彼女はただ、一般人よりも少しだけ魔力への親和性が高いだけの、ごく普通の少女だったのだ。

 彼女が「奇跡」と称する現象を起こすことができた本当の理由は、彼女が召喚された時に、偶然身につけていたペンダントにあった。それは、古代文明の遺物であり、持ち主の魔力を何百倍にも増幅させる機能を持つ、伝説級のアーティファクト。『太陽の涙』。


「アーティファクトは、持ち主の魔力を糧に、奇跡のような現象を具現化させる。だが、その力は決して無限ではない」

 ゼノは静かに説明を続けた。

 アリアは、その力を無計画に、自分のわがままを叶えるためだけに使ってきた。豊作、治癒、人心掌握。それらは全て、アーティファクトが王国の土地や人々が本来持つべき生命力や運気、言うなれば「国力」そのものを前借りして起こしていた現象に過ぎなかったのだ。


「そして今、アーティファクトの力は枯渇寸前にある。国全体の運気を使い果たした反動として、今、王都は日照りや疫病といった不運に見舞われ始めている。これが、真相だ」

 私は言葉を失った。なんという……なんという身勝手な話だろう。一人の少女の無知と、それを盲信した王太子の愚かさが、国そのものを滅ぼしかねない事態を引き起こしていたのだ。私は王国の未来を思い、暗澹たる気持ちになった。


 しかし、この真実を知らない男が、王都で最悪の決断を下そうとしていた。

 王太子レオナルドだ。

 彼は、冬の領地の繁栄こそが、イザベラが何か特別な「幸運を呼ぶ力」を持っている証拠だと、とんでもない勘違いをしていた。アリアの力が失われた今、そのイザベラの力で王国を救わせるべきだと考えたのだ。


「イザベラを王都へ連れ戻せ!彼女の持つ『力』で、この国を救わせるのだ!」


 ゼノが警告のために送った、「アリアの力の枯渇と、その反動による災厄の可能性」を綴った親書を、レオナルドは「敗者の戯言だ!」と叫んで破り捨てた。

 そして、彼はついに最後の暴挙に出る。

 辺境伯が素直にイザベラを差し出すはずがない。ならば、力ずくで奪い取るまで。


「全軍に通達!ただちに冬の領地へ派兵する!逆賊ゼノ・フォン・シュヴァルツを討ち、イザベラ・フォン・ヴァイスの身柄を確保せよ!」


 王太子という立場を濫用した、狂気の命令。

 それは、王国を二分する内乱の始まりを告げる、暴走の号令だった。

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