【第6章】春の女神と陰る太陽
王都からの妨害を退けてから、冬の領地の発展はさらに加速していった。
私が導入したじゃがいも、カブ、ライ麦は、厳しい寒さにも負けず、予想をはるかに超える大豊作となった。領地の食糧庫は初めて満杯になり、人々はもう、飢えに怯える冬を過ごす必要はなくなったのだ。
そして、私が「ウィンター・ブルーム」と名付けた薬草の化粧品シリーズ。試作品のハンドクリームに続き、保湿効果の高い石鹸やリップバームを商品化すると、これが行商人を通じて他領に渡り、たちまち大評判となった。特に、乾燥に悩む北部の女性たちや、美意識の高い貴族の婦人たちの間で爆発的に売れ、領地に莫大な利益をもたらし始めた。
さらに、ゼノの指揮のもと建設が進められていた温泉郷もついに完成した。清潔で趣のある湯治宿、効能豊かな温泉、そして山の幸を活かした素朴ながらも美味しい食事。噂を聞きつけた人々が、癒やしと健康を求めて、遠方からわざわざ訪れるようになった。
いつしか領民たちは、私のことを「追放された罪人」や「辺境伯の奥様」とは呼ばなくなっていた。
「イザベラ様は、我々の女神様だ」
「この凍てついた土地に、春を運んできてくださった」
彼らは尊敬と親愛を込めて、私のことを「春の女神」と呼ぶようになった。子供たちは私の姿を見つけると駆け寄ってきて花を差し出し、老人たちは私の健康を心から祈ってくれる。かつては笑顔一つなかったこの土地が、今では人々の笑い声と活気に満ち溢れていた。
その頃。
対照的に、王都では不穏な空気が日に日に色濃くなっていた。
聖女アリアがもたらすはずの「奇跡」が、目に見えて減り、その効果も弱々しくなっていたのだ。
彼女が豊作を約束した王家直轄の農地は、長引く日照りで干上がり、ひび割れている。アリアがどんなに涙ながらに祈りを捧げても、雨雲一つ現れない。それどころか、王都の一部では原因不明の疫病が流行り始め、彼女の聖なる力をもってしても、病人を癒やすことはできなかった。
最初はアリアを盲信していた民衆も、さすがに疑念を抱き始める。
「アリア様は、本当に聖女様なんだろうか?」
「最近は、祈っても何も起こらないじゃないか」
「むしろ、悪いことばかり続いているような……」
そんな囁きが、市場や酒場で公然と交わされるようになっていた。
焦りを募らせたのは、レオナルドとアリアだ。
「どうして……どうして私の力が……!」
「おかしい!全ておかしいぞ!これも全部、イザベラのせいだ!」
彼らは、自分たちの凋落の原因が、遠く離れた冬の領地の繁栄にあると、何の根拠もなく信じ込んでいた。イザベラが、王国全体の幸運を吸い取り、自分のものにしているのだと。自分たちが不幸なのは、イザベラが幸せだからなのだと。
その歪んだ思考は、もはや誰にも止められない。
レオナルドとアリアの、イザベラに対する嫉妬と憎悪は、制御不能なほどに膨れ上がり、王都全体を覆う暗い影を、さらに濃くしていくのだった。
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