プロローグ

バンバンバン!!!


銃声が辺りに木霊こだまする。


「くそッ。くそッ。なんでこんなことにッ………!」


世界で最も人気のあるデスゲーム『怪盗ゲーム』。

化け物たちを使った遊び。世界を支配する人間様にだけ許された究極の娯楽。

迫害されるべき人外どもを駆逐しながら楽しまれる正義の遊戯。


そのフィールドである洋館内を、男は必至で駆け回っていた。


整えられた服装。所持した拳銃や警棒からも、男が『警察捕まえる側』であることは一目瞭然だった。


それでも男は逃げる。装備でも、立場でも、条件でも圧倒的優位である『警察』でありながら、その影から逃げ続ける。


今回のゲームは至って単純。

『3組の『怪盗』から宝を指定時間まで守る』。


一番オーソドックスで単純で、楽に稼げる最高のルールだというのに。


「くそッ!畜生ッ!なんでッ『怪盗』がッ!よりにもよってあいつなんだよッ!!」


『巡査』たちともはぐれてしまった。

あいつらは応戦していたが、俺は迷わず逃げ出した。


あんな『怪盗』に敵うはずがない。戦いにすらならない。


俺はッここまで無敗で勝ち上がってきたってのにッ!俺はッ俺はッ天才なんだッ!こんなところで負ける器じゃねえッ!!


ただ、『巡査長』の俺じゃどうしようもない。上位の『警部』か『警視』。それか、損にはなるが『探偵』を頼らねきゃならねえ。


男は苛立ちを隠せないながらも冷静だった。

自身のプライドを捨ててでも、勝利に貪欲だった。

その姿勢こそが、この男がたったの1月で『巡査長』の地位を手に入れた所以ゆえんなのかもしれない。


走る。走る。走る。振り向いてる時間はない。人間のあいつはまだしも、『吸血鬼』であるあの女のスピードは異次元だ。


『巡査』8割が脱落し、『警察』はほぼ壊滅状態。『怪盗』も1組はぶっ殺したが、やつが生きてる限り『警察』に勝ち目はない。


絶望的な状況でも、男は走り続けた。そしてついに、宝のある部屋の扉が見えてくる。


よし!あの先には『警視』がいる!


「ハハッ!!ざまあ見やがれ!『警視』にかかればあいつらみたいな雑魚なんざ!一瞬で蹴りが付く。人間様に楯突くんじゃなかったな!」

「ふーん。人間様………ね…………」

「!!!?」


バッとすぐさま飛びのく。誰もいない暗闇から聞こえる声に、体の芯が凍りそうになる。


銃を構える。化け物殺しの銃弾の入った拳銃だ。


銃を向けてその先に、いつの間にか少女が立っていた。


肩に届くか届かないかくらいの長さの髪。外側は吸い込まれるような漆黒で、内側は柔らかな桃色に近い赤色のインナーカラー。


160センチ程度の小柄な少女だが、その濃い紅の瞳から、滲み出るような冷気感じさせる。まるで、一度も陽の光を浴びたことがないとすら思える真っ白な肌。


身に着けているのは銀のピアス。細くしなやかなその体は、所謂ゴスロリと呼ばれるような黒いドレスに包まれている。

黒のレースのあしらわれた手袋の指で、ルビーの指輪が煌めいた。


「てめえ!いつから!」

「いつって……。私は吸血鬼よ?影を移動するくらい。造作もないわ」

「このくそ女が!あの馬鹿どもはどうした!」

「馬鹿ども…………?ああ、あの『巡査』たちのこと?全員まとめて現実世界に送ってあげたわ」


遠くで聞こえていた銃声はいつの間にか闇夜に沈んでいる。


「ちっ!」


弾丸を女の心臓に向けて三発撃ちこむ。

しかし、そのどれもが固まった血の塊で防がれる。


くそっ火力が足りねえ。心臓に当たりさえすればっ!


「くそっくそっくそっ!!」


残りの三弾を撃ちこむ。しかし、やはり鋼鉄の血の壁を破ることはできない。


「6発…………。もう残弾はないんじゃない?」


化け物殺しの銃弾を使い切った。それは、吸血鬼の少女にとって、絶好のチャンスであることを意味していた。


身体能力で圧倒的に負けている男にとって、その銃だけが身を守る道具であった。


しかし、絶対絶命でありながら男は不敵に笑ってみせた。


「『輪廻填征りんねてんせい』」


その言葉と同時に、空の銃口から銃弾が飛び出す。


1発、2発、4発、6発、、10発、12発、16発……………。

通常ではありえない量の銃弾を放ち続ける。リロードもせず、その銃口から即死の弾丸を無限に放つ。


とどまることを知らない死の雨に、吸血鬼の少女は防戦一方だった。苦しそうな表情を浮かべ、血の壁を展開し続ける。


「フフフ。ハハ。アハハハハッ!!!馬鹿がッ!!てめえら化け物なんかが人間様に勝てるだなんてッ!!ちょっとでも思ったのが間違いなんだよッ!!」


撃ち続ければいずれ血が足りなくなる。宝の部屋に入る扉は一つだけ!ここを守り切れば、俺たち『警察』の勝ちッ!!


残り時間もそう多くはない。すでに勝ちを確信しながら、男は目の前の化け物に銃弾を撃ち続ける。


少女にとって、圧倒的に不利な状況。しかし、少女は目を細めて男に話しかけた。


「ふーん。ねえ、あんた」

「なんだ?時間稼ぎのつもりか?」

「いいえ。違うわ。ただ、あんた今……?」

「は?何言って……………」


―ピーーーーーーー。ゲームガ終了シマシタ。『怪盗陣営』ノ勝利デス。―


「は?なんで……?」

「それは俺が、宝を盗み出したからさ」

「!?」

「あら、随分遅かったわね?『怪盗』さん?」


目元を隠す漆黒の仮面をつけた少年が、このゲームの宝を持って現れた。背の高い細身の風貌に、銀の髪。黒い燕尾服にマント。シルクハットをかぶった怪盗。白いレースのあしらわれた手袋の上で、宝玉が七色に輝く。

その姿を見て、少女は挑発するような口調で少年に声を掛ける。


男はただ、その様子を唖然と見つめるほかなかった。


銀の髪の『怪盗』はにやりと口元を歪め、へらへらと口を開いた。


「おっと。遅くなったのは申し訳ないが、君には今一度、『怪盗』の何たるかを教えなければならないらしい。いいかい?『怪盗』というのは芸術家なんだ。つまり、盗みのスピードは関係なくてだね……………」

「はいはい。あなたのその自語りはもう聞き飽きたから。ゲームも終わったし、さっさと帰るよ」

「ふむ。君のそういうせっかちなところは気に食わない。が、君の意見にはおおむね同意だ。『怪盗』とは美しく去るものだからね」


そうして二人は踵を返し、男に背を向ける。


全くもって何が起こったのか把握できていない。宝に繋がる唯一の出口を塞いでいたというのにも関わらず、宝を盗まれたからだ。

男はただ、二人の姿を見つめることしかできない。


やがて男のホログラムは、空中に溶けるように消えだす。


銀の『怪盗』は、今なお自分たちを見ている存在に対して告げる。


「それでは、また。赤い薔薇が散るころに会いましょう」




これは、人類唯一の『怪盗』である佐藤さとう あまねと、その助手である吸血鬼の少女、水宮みなみや しずくによって紡がれる。もう一つの物語である。





―怪盗ファイル―


『怪盗』

それは、デスゲームの参加者であり、被害者。迫害される化け物たちである。

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