第2話 アスパラベーコンのペペロンチーノと複雑な恋模様

 「へえ、そんなに幼い頃から婚約って決まっちゃうんだねえ」

 牛丼を食べた一週間後、またクローゼットを光らせてやって来たアルストロメリアは溜息を何度も吐きながら困ったように眉尻を下げていた。

 「そうなの、その頃から教養を身に付けないと間に合わないのよ」

 アルストロメリアの国は王権国家だった、王家がありその次に貴族が居て神殿が並ぶ。

 そのさらに次に平民がいる。

 アルストロメリアは侯爵家の長女で兄が一人居ると話した。

 そんなアルストロメリアが五歳になった頃に王家から打診がありアルストロメリアは公爵家嫡男の婚約者となった。

 「それなのに、学園に入学してから平民あがりの男爵令嬢なんかに……」

 何やらよくあるラノベの展開のようだなと琴音はアルストロメリアを宥めながら苦笑した。

 「婚約者の居る殿方に対して無闇に体を寄せたりしてはいけないと注意したら、彼ったら私に心が狭いなどと……」

 いよいよラノベだなぁと思いつつ時計を見た。

 要約するとアルストロメリアには幼い頃から家が決めた婚約者がいた、あまり相性は良くなかったがそれなりに婚約者として交流を重ねていた。

 ところが貴族が必ず通うと決められている学園に入学し、とある男爵令嬢と婚約者が出会った頃から関係が悪化し始めた。

 決まった交流のための茶会にも来なくなり、学園では他の高位貴族の令息と共に男爵令嬢と親密な関係になっていった。

 嗜めたアルストロメリアはかなりキツく言い返されたらしい。

 他にも被害にあってる女子生徒も少なくない、という愚痴だった。 


 「そろそろ夕飯にするけどアルストロメリアはどうする?」

 「アメリでよろしいわよ、夕食ならいただきますわ」

 前回と違い今回は準備をしての訪問だったからか、アルストロメリアは豪奢なドレスではなく簡素な部屋着で来ていた。

 動きやすいからか足取りも軽くキッチンに向かう琴音の後ろを付いて歩く。

 「不思議ね、これ」

 「ん?」

 「冷やす箱?しかも凍らせるほどの冷却機能まで……本当に魔道具ではないの?」

 材料を出すために開けた冷蔵庫に興味深々のアルストロメリアは暫く冷蔵庫の観察をしている。

 「ニンニク……ガーリックは平気?」

 「ガーリック?ああ匂いなら大丈夫よ、部屋に帰れば消臭の魔道具があるし」

 アスパラガスを取り出しながら「へえ」と琴音はアルストロメリアを振り返った。

 「魔道具、便利だねえ」

 「そうね、でも魔道具は高額だから平民にはなかなか行き渡らないのよ」

 キュッと口を噤んだアルストロメリアは悔しそうに眉を寄せる。

 「でもそうね、この冷蔵庫?を真似てみればかなり生活が変わると思うわ」

 ふむふむとしっかり観察を始めたアルストロメリアを見ながら琴音は小さく笑う。

 「アメリは凄いな」

 小さな琴音の呟きは冷蔵庫の観察に忙しいアルストロメリアには届かなかった。


 先ずは大きな鍋に湯を沸かし塩を加える。

 沸騰したらスパゲッティを茹でていく。

 スパゲッティを茹でる間に具材を準備する。

 ベーコンは一口大に切り揃え、アスパラガスは綺麗に水で洗い根元を切り落としてピーラーを使い筋を剥く。

 斜めにカットしてザルにあげる。

 ニンニクは薄皮を剥き2ミリ幅にスライスし、鷹の爪はタネを取り小口切りにしておく。

 フライパンにオリーブオイルを入れニンニクと鷹の爪を加えて熱していく。

 香りが立ったらベーコンとアスパラガスを加えて塩・胡椒で味を整え炒めていく。

 スパゲッティが茹で上がったらザルにあけ水気を切り、フライパンに加える。

 味が絡むように混ぜ合わせて火を止め皿に盛り付け、パラパラと乾燥パセリを振りかければアスパラベーコンのペペロンチーノの完成。


 「いただきまーす」

 手を合わせ琴音が声を出したのをアルストロメリアは首を傾げて人差し指を唇にあてた。

 「以前も仰っていましたが、ソレは何ですの?」

 「この国の食事前の挨拶っていうのかなぁ?色んなものへの感謝を込めて……ああっと、こういう時はっと」

 琴音はスマートフォンを取り出し、言葉の意味を調べる。

 画面をアルストロメリアに見せるがアルストロメリアはこの国の文字が読めないらしく、琴音が代わりに読み上げる。

 「なるほどそういう意味ですのね、それよりさっきの板みたいなのは……」

 スマートフォンに興味を持ったらしいアルストロメリアに苦笑しながら琴音はテーブルに視線を移した。

 貴族令嬢らしく視線の意味を理解したアルストロメリアはコホンと咳払いをして琴音を真似て手を合わせた。

 「食事の後で教えなさいよ?いただきます」

 はいはいと笑って頷いて琴音がフォークを持つ。

 鮮やかなアスパラガスのグリーンとベーコンのピンクが目に楽しい。

 フォークでスパゲッティの麺をくるりと巻いて一口大頬張ると、ニンニクの香りが鼻に抜けてピリッとした鷹の爪の辛味が追いかけてくる。

 「美味しいですわ」

 「お口に合って良かった」

 「アスパラがシャキシャキして甘く、ベーコンの芳醇な香りとガーリックの組み合わせは相性がいいのね」

 ペロリと完食したアルストロメリアがお腹を抑えながら眉尻を下げる。

 「太ってしまったらどうしましょう」

 「うーん、元が細すぎる気がするんだけどアメリはドレスを着るからコルセットもつけるんだよねぇ」

 普段はキッチリ管理しているというアルストロメリアだが、琴音から見れば成長途中の過度なダイエットは顰めっ面をしてしまう。

 「それよりさっきの板ですわ!」

 沈みかけた空気を破るように声をあげたアルストロメリアにスマートフォンを渡してみる。

 あれこれと話すうちにスッカリ夜が更けていった。

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