私の部屋の異世界令嬢

桜月七(旧 竜胆)

第1話 始まりは牛丼

 始まりは牛丼だった。

 「……出られませんわ」

 自分のスキルとはいえ、異世界に繋がったと信じられないアルストロメリアが琴音の住む1Kマンションの玄関を出ようとして一歩も外に出れないことに気づき、窓から外の景色を見て大騒ぎした後、逆に琴音がクローゼットを開いてもそこにあるのは見慣れた琴音の服だけでアルストロメリアがクローゼットを開けば真っ暗な空間だけが琴音には見えるが、アルストロメリアには入ってくる前に居た彼女の部屋が見えるという、さらにはその黒い空間に琴音の手すら移動出来ないことまで理解し、粗方動き回った後は二人で話を擦り合わせた所で漸くお互いの警戒心が薄れた頃にグゥと音が響いた。

 「お腹空いた?丁度さっき夕飯にしようと思ってたんだけど一緒に食べる?」

 腹の音に手を腹に当て恥ずかしそうに俯くアルストロメリアに琴音が問いかける。

 「それ、食べ物でしたの?随分と変わった匂いがしますけど」

 「うん、牛丼だね、匂いは醤油かなあ?馴染みはない感じ?」

 「……オニオンの香りはわかりますわ」

 小さな一人用のテーブルに置いた牛丼を指差したアルストロメリアに「でもうーん、アルストロメリアはお嬢様だし、ザ・庶民って感じの牛丼は駄目かな」と琴音が首を傾げたところでアルストロメリアは「あ、貴女がそんなに言うなら、た、食べてあげてもよろしくてよ」と目を泳がせながら鼻を鳴らした。

 チラッと琴音の様子を伺うアルストロメリアに、琴音は小さく笑って牛丼を作りにキッチンへ向かった。


 すっかり冷めた牛丼を出すわけにいかず、琴音は新しく牛丼を作るために玉ねぎを手に取った。

 小玉の玉ねぎは薄皮を剥き上下を切り落として縦半分に切ってから目に沿ってくし切りにしていく。

 ザルに取りサッと水に晒し水を切ったら鍋に水を入れ酒・醤油・みりん・砂糖を加えて混ぜ合わせる。

 鍋を火にかけくし切りにした玉ねぎを入れて暫く煮ていく。

 「貴女がお料理するの?」

 「一人暮らしだからねえ」

 「平民は皆お料理が出来るのかしら?それにしても変わった魔道具ね」

 「魔道具とかファンタジーみたいなものじゃないよ、それにそっちの世界のことは全然わかんないけど料理とかは人に寄るんじゃない?」

 話をしながらソワソワと狭いキッチンに似合わない赤いドレスのアルストロメリアが、背後から琴音の手元の鍋を覗き込むのを笑って琴音は鍋に向き直る。

 煮立った鍋に牛肉をほぐしながら加え、灰汁をこまめに取りながら弱火にして暫く煮て火を止めた。

 丼鉢に白いご飯をついで、鍋の具をたっぷり上から注ぎ入れる。

 真ん中を窪ませて冷蔵庫から温泉玉子を取り出して、具の中央に割り入れる。

 刻んだ紅生姜と小口切りの葱を乗せたら琴音特製牛丼の出来上がりだ。


 流石にドレスのままでは座れないと、アルストロメリアは琴音の部屋着を借りて着替えると狭いテーブルを挟んで座った。

 「箸、使えなかったらこっちどうぞ」

 そう言ってスプーンとフォークを琴音がアルストロメリアに渡す。

 「ハシ?この二本の棒の事?あら器用な……うっ」

 「使えないなら無理しないでスプーンかフォーク使って」

 そろりとスプーンを手にアルストロメリアが丼へと視線を向ける。

 プツリとスプーンで温泉玉子を崩せば濃い山吹色の黄身がとろりと牛丼の上に流れ出す。

 バランスよくスプーンに具を乗せて品よく口に運んだアルストロメリアが目を見開いた。

 「んん!美味しいわ、これは何という料理なのかしら」

 「牛丼だよ、手軽だけどボリュームもあるし美味しいんだよね」

 アルストロメリアが牛丼を食べるのを見届けて琴音もスッカリ冷めた牛丼を口に運ぶ。

 時間を置いたため紅生姜の香りが少し強く移った牛肉がサッパリとしていて、これはこれで美味しいなと琴音も牛丼を食べた。

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