第3話 嫉妬と興味と茄子のミルフィーユ

 「聞いてくださいまし!」

 バーン!と勢いよく開いたクローゼットから眩い光と共に、一ヶ月ぶりとなるアルストロメリアが琴音に抱きついた。

 「ど、どうしたの?」

 「あんのバカのことです!春の……新入生の為のダンスパーティのパートナーをあの男爵令嬢にするとか言い出しやがりましたの!」

 え?っと琴音も驚き目を丸くする。

 琴音の常識としても婚約者が居て学園で行われるダンスパーティのパートナーを一方的に変えるのはおかしいと思い、知らず眉尻があがる。

 「私の感覚だと婚約者が居るならパートナーとかは婚約者同士で参加するものじゃないの?」

 「勿論、私の世界でも同じですわ」

 だよね、と顰めっ面で頷く琴音だったが「それより」とアルストロメリアが、話を変えた。

 「私、商会を持ちましたの」

 フフフと愛らしい笑顔を見せるアルストロメリアに琴音も毒気を抜かれる。

 「おめでとう?」

 「ありがとうございます、こちらで見た掃除機やドライヤーを真似た魔道具を作りましたの」

 どうやら会わなかった一ヶ月の間、クローゼットの向こう側でアルストロメリアは此方で見たものを魔道具として取り入れようとしていたらしい。

 「一ヶ月で?すごいね」

 素直に褒めるとアルストロメリアは、はにかみながら口角をあげる。

 「まだ課題も山積ですが父と領地の民が力を貸してくれて量産の体制も作れそうですの……だというのにあの男は……」

 またアルストロメリアの話は婚約者と(仮)浮気相手の男爵令嬢に戻ってしまう。

 苦笑しながら琴音はアルストロメリアの話に耳を傾ける。

 だが話の内容を聞いているうちに琴音の方がアルストロメリアの婚約者や男爵令嬢に不快感を覚えていく。

 婚約者の腕に抱きつきながら校内を闊歩する男爵令嬢、それは忘れようとして蓋をした琴音の記憶を呼び覚まそうとする。

 そんな不快感を首を振って払い、琴音はアルストロメリアに慰めではない言葉をかけた。

 「何か夢中になれることを見つけてみるのはどうかな、二人が気にならなくなるくらいの」

 こんな事でアルストロメリアが心を痛めるのはあまり嬉しくないと琴音は提案してみる。

 首を傾げてアルストロメリアは琴音の真意を探るように耳を傾けた。

 「その間にご両親や相手の両親に話して対応してもらうのもいいんじゃないかなぁ」

 「そ、そうですわね……今なら丁度商会を持ったばかりですしタイミングとしては良いのかしら」

 高度な教育を受けた令嬢らしく聡いアルストロメリアは、琴音の言葉の裏にある自分を思う優しさに気付き頷く。

 「好きとかそういうのじゃないなら、やっぱり大人に介入してもらう方がいいよ」

 「私も婚約者としての義務は果たしたと思いますし、お父様に状況を報告して対応をお任せ出来ないか伺ってみますわ」

 家とか貴族とかアルストロメリアの世界のことを琴音は理解し切れないものがあるが、それでも話を聞いている分には婚約者の対応や男爵令嬢に対してはアルストロメリアが注意をする以外に何か出来るとも思わない。

 ただモヤモヤを抱えて彼女だけが気を揉むのは違うだろうと琴音は考える、同時にこうやって愚痴を琴音にしか話せないのだとしたらあまりに不憫だとも思う。

 まだ十六歳なのに。

 そうして考えているうちにアルストロメリアと琴音の腹の虫が鳴き声をあげた。


 「今日は茄子のミルフィーユにしようと思ってるのよ」

 米を研ぎ炊飯器にセットして茄子を取り出した。

 先ずはミートソース作りからと、玉ねぎとニンニクをみじん切りにトマトは皮を剥いてタネを取りざく切りにしておく。

 フライパンに油をひきニンニクを入れて火にかける。

 香りが立ったら玉ねぎを加えて塩胡椒を入れ中火で炒める。

 玉ねぎに火が通ったらひき肉を加えてダマにならないように菜箸を使い炒めていく。

 ひき肉にも火が通ったらトマトとケチャップ、醤油を少し入れて一煮立ち。

 火からおろし粗熱を取っておく。

 茄子は洗ってヘタを切り落として縦5ミリ幅に切っておく。

 耐熱の深さのある皿にキッチンペーパーを使い油をひく。

 茄子を並べてミートソースを乗せていく、ミートソースの上にピザ用チーズを乗せて茄子を並べる。

 これを三段程重ね、パン粉と粉チーズを振りかけたら熱したオーブンへ。

 焼き上がったら取り出してバジルの葉を散らせば茄子ミルフィーユの完成。

 

 インスタントのスープを添えて炊けたご飯を茶碗に盛り、茄子ミルフィーユと共にテーブルへ並べた。

 「アメリ、それくらいにして食べよう」

 冷蔵庫以外もあれこれと琴音の部屋にある家電製品を見ていたアルストロメリアに琴音が声をかける。

 「いい匂いですわ」

 「茄子もミートソースもたっぷりだからね」

 サービングスプーンで取り皿代わりの小皿に茄子ミルフィーユを取り分けて「いただきます」と二人で声を揃えた。

 サクッと表面に歯を立てる、香ばしい香りに茄子がトロトロと舌に溶けていく。

 サッパリめのミートソースとこってりまろやかなチーズが茄子と合わさり複雑な味を醸し出す。

 「とろんと舌に溶ける茄子が美味しいですわ」

 そう言いながらアルストロメリアらご飯を上品に口に運ぶ。

 前回帰ってから箸の使い方を練習してきたと話していたアルストロメリアは、小さな米粒も掬える程上達して来ていた。

 元々所作の綺麗なアルストロメリアが上手に箸を使いこなすのを驚いて見ていた琴音だったが、取り皿の小皿を手にサービングスプーンでたっぷり茄子ミルフィーユを追加で取ったアルストロメリアに慌てて自分も箸をつける。

 「バジルが爽やかさをプラスしていてバランスもいいですわ」

 口角をあげて食べるアルストロメリアに琴音も負けじとご飯を口に運ぶ。

 デザートのプリンを食べながら相変わらずアルストロメリアは琴音の部屋にある見慣れない家電製品に目を向けては使い方や効果を聞いている。

 以前試した時には玄関から外へアルストロメリアは出れなかったが、きっと外へ出ればもっと驚くだろうと琴音はクスと小さな笑みを浮かべていた。

 

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