パート6:言葉の含意の見つけ方

 パート1から5を通して、脚本的描写を比較に、小説に求められる文章の作り方のお話をしました。読者の感覚や心を動かすには、映像の情報だけでは難しい、ということですね。


 くどいようですが、、それが小説です。


 その読者の心を呼び起こす技法として、言葉のバディやコンボがあり、これを使いこなすには劇中事実がわからないと厳しいよ、というのが前回までの流れです。


 今回はその劇中事実を的確につかむために、必要な感覚をお話しします。


 劇中事実だって、誰にでも同じ水準で見極められるものではありません。


 それが、タイトルにもある含意がんいというやつです。


 聞いたことのない人もいると思いますので、例文でお話しします。前回の例文を再利用しましょう。


━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━

僕はスマホを引き出しにしまった。

━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━


 主人公くんは勉強に集中する為にスマホを引き出しにしまいました。

 しかしこれだと物理的な動作を見せているだけで、いわゆる映像的描写で終わっています。


 では以下のように書き換えるとどうでしょう?


・僕は引き出しにスマホをしまい、鍵をかけた。

・僕は引き出しに鍵をかけ、スマホを封印した。


「鍵をかけた」「封印した」という部分に、主人公くんの感情がのがわかりますね? 


 それが、The 含意!


 スマホの「誘惑の隔離」や、「勉強する決意」がわかればOKです。


 含意という言葉は知らなくても、小説の体裁がわかっている人なら、自然とこの含意に感覚のピントが合っていて、文章に出力されているはず。


 ワンポイントとして、「僕は引き出しにスマホをしまい物理的動作鍵をかけた含意。」のように、物理的動作+含意という2ペアの組み合わせは単純で作りやすいので、メモやゼロ稿を書く時から意識しておくとスキルアップにも繋がります!



 では本題!


 含意を考慮するだけなら簡単なんです。

 この含意でことが大事なんです。


 その隙とはどこにあるのか?


 では、リンゴを食べている人物(僕)を想像してください。


「僕はリンゴを食べた」


 僕という人から見れば、リンゴを食べた、で合っています。

 それ以外なにも言う必要はないし、語ることもないわけです。


 しかし、別の視点からは、


「彼は、リンゴを丸ごと飲み込んでいた」


 なのかもしれません。


 では、神様視点の地の文はどう伝えるでしょう?


「彼はリンゴを食べた」と、叙述トリックっぽいことを仕掛けてくるのかもしれません。


 あるいは、


「彼はリンゴのヘタをつまんで持ち上げると、大きくあけた穴にリンゴを載せた。そして、膨らんだ頬が萎んだあと、リンゴは彼の喉の奥へと運ばれた」


 と、客観事実を質感を込めて伝えてくるのかもしれません。 


 ここでポイントとなるのが「穴」という表現です。


 大きく開いたなにかを「穴」といっているわけですが、これはなんでしょう?


 「口」ですよね。


 では、誰の視点でしょう?


 はい、リンゴですね。リンゴから見れば、それは自分を飲み込む大きな穴に見えるでしょうし、読者にはそんな不気味な大きな穴を想像させたいところです。


 それができる唯一の箇所です。


 このように1つの事実でも、視点によって、描写する為の最適な質感や込められる含意が全く違います。


「僕」と、僕を目撃した人からみれば、「口」です。

 でもリンゴからはきっと「穴」に見えたはず。


 これは全てを平等に見る神様視点読者の化身にも気付きにくい視点です。


 それが読者の隙!


「穴」という表現は、リンゴの視点だからこそ成り立つ描写です。読者もその言葉で、大きくて不気味な穴を想像して、物語に深みを感じやすくなります。

 自分がリンゴのが立場だったら……と、脳が勝手に想像して恐怖心を煽るのです。


 読者は小説を読んで、この含意で唸らせてほしいのです。


 つまり書き手は執筆中、含意の工夫に全力を注いでいるはず。


 それが正当な小説の設計思想であり、これは小説とはいえないと断言できる作品は共通して、この含意の工夫がないのです。


 脳内モニターに映る脳内映像の文字起こしで書いている人は、このリンゴ視点からの描写を書こうとは思えないでしょうし、この説明がないと、穴がリンゴ視点だったこともわからないわけです。


 というわけで、小説を書く時は必ず、劇中に存在する全ての視点をつかんで、含意の違いを検討するようにしましょう。そうすれば、一瞬しかない素敵な描写を逃さず書けるようになるのです!



 この含意を正しく操る上で、もう一つ大切なお話をします。


「時間を溶かす」

「蓋を塞いだ」

「沈黙が聞こえる」

「瞼を塞ぐ」

「空気を縫う」

「言葉を飲む」


 こう聞いて、あなたはどう感じますか?


 時間は溶けないだろ!

 蓋を塞ぐじゃなくて「蓋で」だろ!

 沈黙は聞こえないだろ!

 瞼「で」塞ぐだろ!

 空気は縫えないだろ!

 言葉は飲めないだろ!


 と思ったあなたは、小説の文章の読み方をご存知ない!


 これは比喩とはちょっと違います。このような本来の意味では使えない組み合わせを、「擬縮表現」と言います。

 物理的不可能+抽象的ニュアンスを一語に圧縮した表現で、小説では広く文学的表現として許容されます。


 例えば「僕は瞼で目を塞いだ」と書くのが正しいところ、「僕は瞼を塞いだ」でもそれが物語の意図に沿っていれば成立します。

 特に人物の心情描写を強調したい場合や、事実の通りに書くと説明的になってしまうと思える場面で有効活用できます。


 言葉遊びと紙一重ですので、ひねりすぎると違和感のある言葉が生まれてしまいますが、書き手の文章センスをアピールできますので、積極的に開拓していきましょう!

 もちろん、小説の物語からみて正しくなければいけませんよ。


 今回の話が参考になりましたら、ぜひ応援コメントやレビューをつけてくださいね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る