Lesson2 物語を伝えるテクニック
パート1:物語の記憶を書け!
Lesson1では、脚本との違いから、小説に求められる基本的な設計思想についてお伝えしました。
「小説とは読者の感情や心を動かして伝えるもの」
全ての解説は、この一言に繋がります。
小説を書いている人なら、誰でも意識していることだと思います。
でも現在、小説とも脚本とも言えない、どっちつかずな脳内映像文字起こし長文が、小説の世界に溢れています。
「映像的情報だけで読ませるものは、脚本である」
これを知らず、脚本の設計思想で小説を書いているのに、気づいていない人が多いわけです。
どうすれば小説たる文章になるのか?
その答えを一言で言うなら、
「言葉の含意で物語を伝えること」
となるわけです。この含意というものが読者の感覚を刺激し、心に豊かなイメージをつくるわけです。
ここまでを意識するだけでも、小説の最低条件を満たした作品になるでしょう。
難しいという人は、一度「映像に映せない情報」だけで小説を書いてみてください。文章力を鍛えるために、「血」という言葉を使わずにサスペンスを書いてみる的な特訓方法を聞いたことはないですか? ようはそれです。きっといい特訓になるでしょう。
そのあたりも含めて、本編を始めていきます。
Lesson2では、この含意の操り方について、集中してお伝えしていきます。
物語を伝える上で、適切な含意を見極められても、それだって伝え方が間違っていれば読者の心は動かせませんし、それ以前に物語の内容が理解されません。自分ではわかるつもりでも、読者には伝わっていないのかもしれません。
ここで正解の基準となるのが、映像的イメージなのです。
あれ? 映像的だと脚本になるのでは?
と思われたかもしれませんが、映像情報を書けと言っているのではありません。
感覚や心を動かす文章で、読者の頭に物語の記憶をつくることがゴールなのです。
今回プロの作品を参考に、この感覚を深掘りしてみましょう。以下はプロ作家の乙一先生の『GOTH リストカット事件』(第3回本格ミステリ大賞受賞作)の冒頭です。
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夏休みが二十日ほど過ぎたころ、出校日でひさびさに森野と顔を合わせた。
朝のホームルームが始まる前、登校してきた彼女は、話し声の騒々しいクラスメイトたちの間をぬって僕の机に近づいてきた。
僕たちにあいさつを交わす慣習はなかった。森野は僕の目の前に立つと、ポケットから手帳を取り出して、机の上に置いた。見覚えのない手帳だった。
乙 一. GOTH【3冊 合本版】 『夜の章』『僕の章』『番外篇』 (角川文庫) (p.5). KADOKAWA / 角川書店. Kindle 版.
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このたった3行の中に数えきれないほどのテクニックが凝縮されているのですが、今回は物語の記憶という部分に注目してみます。
登場人物の人間性や生活や、その人生が伝わる単語を見つけてみましょう。
まず一行目、「ひさびさに」ですね。この主人公にとって、森野という人物が知人以上の関係であることを伝えています。
二行目はたいへん学習要素の多い一文です。
言葉の使い方をしっかりと見極めてください。
[話し声の騒々しいクラスメイトたち]です。教室が騒がしいのではなく、クラスメイトを指してそいつらが騒がしいと言っているのです。
この一文だけでも、主人公とクラスメイトたちの距離感に想像が湧きますね。自分から距離を置いているのか、それ以前に同じ生き物だと思っていないのかもしれません。
次に、[その間をぬって]です。意味は「縫う」ですね。ぬうように、ではないところがポイントです。その人物にとってその動作が当たり前だから[ぬって]なのです。
これが[ように]だとぼかした感じになってしまい、この人物の人間性というレベルにまで情報の解像度があがりません。
最後の[近づいてきた]はもう、ここまでにつくられた主人公の印象により、まるで獣か何かを見ているような表現に昇格しています。
そして三行目の頭。
[僕たちにあいさつを交わす慣習はなかった。]
この一文の役割が大きいのです。
ここまで断片だった主人公視点の情報が、綺麗なサークルとなって物語全体の輪郭の一部となって繋がり、森野という人物と、主人公との関係性、そしてこの二人の人間性まで読者の脳にインストールされたわけです。
ちなみに習慣ではなく[慣習]であることにも注目です。習慣は個人的なもので、慣習はその社会や文化で引き継がれているならわしやしきたりのことです。
[森野は僕の目の前に立つと]も森野の人間性を伝える上で重要な一文です。あいさつの習慣はない、と直前に伝えていますが、実際どんな感じか、ディティールの補正を入れているわけです。
普通、クラスメイトの知人か友達なら一声あるじゃないですか。「おはよう」とか「ねぇねぇ」とか。それはなくても笑みを向けて軽く手を上げるとか。この二人にはそういうのないんだよ、ということを強調しているわけです。
[見覚えのない手帳だった]も大事ですね。その手帳が初めてみたものであることを伝える上で、なぜ[見覚えのない]だったのか。それはこのあとの「僕のじゃないよ」というセリフで答え合わせができます。森野が自分の手帳だと思って返しに来たと思ったからです。ならここで[見覚えのない]と付けるのは必然です。
ここまでたった三行で、映像的には、主人公が森野の登校に気付いて、自分の机にきて手帳を置くところまで、しかありません。それでも、これだけの物語の記憶があるのです。
しかも主人公の人間性を伝えながら、誰でも知っている簡単な言葉で構成されています。
こんな風に解析目線で読まなくても、物語の世界が自然とわかるようになっています。
同じような物語が思い浮かんだとしても、含意で伝える術に乏しい人だと、こんな風に書いてしまいそうです。
「夏休みの出校日。朝のホームルームが始まる前、僕の席まで来た森野が手帳を机の上に置いた。」
含意があるといえる単語を除去して、残った文章だけで再構成してみました。こんな感じのラノベ文章、よくありますね。
ほぼ映像情報だけであり、場の状況や、誰が何をどう考えているのか、これだけではさっぱりわかりません。森野と「僕」の間にある二人だけの世界があっても、何も伝えていないことになります。
この後に綴ることはできますが、小説の伝え方として、課題の多い内容になりそうです。
小説における含意は言葉の質感と伝えましたが、このように、その人物の記憶という風にとらえると、よりつかみやすくなると思います。
今回の話が参考になりましたら、ぜひ応援コメントやレビューをつけてくださいね!
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