パート5:劇中事実の見つけ方

 今回のお話の前に。

 自主企画の募集にて、構成評価をつけさせていただいた作品をまとめたページを作成しましたので、お知らせいたします。


 今後は以下のページに追記してまいります。多角的に考察されたい方は、他の先生方の作品の構成評価もぜひご覧ください。


【履歴】構成評価をつけさせていただいた作品集

 https://kakuyomu.jp/works/16818792437698455343/episodes/16818792438179055802


 では本編へ!



 パート3と4を通して、言葉のバディとコンボの作り方をお伝えしました。しかしこれらの技法は、場面の状況がわかっていないと上手く実現できません。


 場面の状況とは、その場にある物体はもちろん、人物たちの心境などのことですね。

 それらをまとめて私は、「劇中事実」(そこにあるはずのもの)と呼んでいます。


 パート5では、この劇中事実を深掘りして捉え方と描写のコツをつかみ、読者の読中感を管理できるようになりましょう!



 まず、単純なシチュエーションをイメージしてもらいます。

 一般的な小学生の自室で、その子供が机に向かって勉強しているシーンを思い浮かべてみてください。


 難しいという方は、ドラえもんののび太くんのお部屋をイメージしてみましょう。加えて、のび太くんが机に向かって宿題をしているシーンを想像してみましょう。


 この場面にあるものは、どんなものが考えらえますか?


 本棚や机、畳、天井と電気、襖、机の上の宿題、宿題をしている子供、あたりはまず簡単にイメージできますよね。


 ではもう少し、細部にいってみましょう。

 日中であれば、窓から太陽の光が差し込んでいて、そのせいで部屋のどこかで影ができていますよね。

 屋根に小鳥がとまっていてもおかしくありません。

 ノートにペンを走らせるたびに、カリカリ、ずりずり、という音が少し聞こえてくるのかもしれません。


 机の引き出しは何段にしましょう? 取手がついていますか? それとも窪みに指をかけて開閉するタイプ?

 襖の柄は? 畳は何色かな?

 本棚の本は漫画ばかり? それとも参考書が多め?


 いくらでも考えられますよね。


 ではもっと、今度は虫眼鏡になったつもりでイメージしてみましょう!


 ノートに走らせるペン先、ボールペンだとすると、ペン先のボールが回ってそこからインクが滲み出ていますね。


 その時に紙にはインクが滲んでいますし、染み込む感じがそこに「存在している」わけです。


 その質感を宿題を解いている子供が感じ取っているのかもしれません。

 字を書くのが苦手で、字がうまく書きたいと思いながらペンを走らせているとすれば、これも劇中の事実として存在しますね。


 足が落ち着かなくてしょっちゅうぶらぶらさせたり、組み直しているのかもしれません。これはその主人公の性格などを表す時に使える劇中事実です。


 集中力を落とさないように、スマホは引き出しの一番上に鍵をかけてしまっているかもしれません。


 はい! ここまでは映像や音で表現できる範囲です。

 もし脚本を書くのであれば、逃さず見つけておきたい情報ですね。

 

 そうです、小説的に強調するところではないんです。本作は小説の書き方のお話ですから。映像的情報を並べただけでは、「で、なにがいいたいの?」となってしまうわけです。


 というわけで、同じシーンから小説で使える描写を考えてみましょう!


 例えばわかりやすいところでいうと、勉強に集中する為にスマホを引き出しの一番上に、鍵をかけてしまっていること。これ、「しまった」ではなくて、「封印」とも言えますよね。子供の一人称でも地の文の三人称としても適切です。


 消しカスを集めてゴミ箱に入れる時はどうでしょう? ゴミ箱に消しカスを「捨てた」は間違いではありませんが、「落とした」と書くと、主人公の心境と絵的な情報をダブルで提供できます。

 特に「落とした」という客観視は、宿題にあまり身が入らず作業的に解いているだけの場合なんかと相性が良さそうです。


 映像的なイメージに引きずられていると、


「僕はスマホを引き出しにしまった。」

「太郎は消すカスをゴミ箱に捨てた。」

 

 いずれも間違いではありません。でもやはり淡白な描写で終わってしまっている感じがしますよね。


 本当は、スマホを引き出しに封印した、ではないのでしょうか。

 この一文に意味がある場合は、消すカスを机の上で集めてからゴミ箱に落とした、と書いた方が物語のディティールが伝わりますよね。


 このように、他にもあるはずの劇中事実を無視していると言えます。これではバディやコンボがつくりたくてもうまくできないでしょう。


 今度は少し難易度をあげます。シャワールームでシャワーを浴びている、元軍人の男をイメージしてみましょう。


 まずシャワールームと、そこでシャワーを浴びている男がいますね。退役後なので筋肉は落ちていますが、それでも十分にマッスルな感じで、傷跡などが目立ちます。手に届く範囲に石けんやカミソリがありそうです。ミラーも備え付けられいるかもしれません。シャンプーを使ったのなら、頭のてっぺんから床の排水溝に向かってモコモコとした泡が流れていく様子もイメージできます。


 映像的なことはもういいでしょう。

 問題はここからですね。


 その軍人にとってシャワーはただのシャワーと言えるでしょうか。

 戦場で銃に撃たれた仲間の血を浴びているとしたら、シャワーと血を重ねてイメージしてしまうかもしれません。そのPTSDを抑え込むために「これはシャワーだ」と自分の胸で繰り返しつぶやいているかもしれません。

 仮に劇中の人物設定として、元軍人だがそういうPTSDは抱えていない、その上でシャワールームを描写するなら、読者の期待に対応しない描写だと受け取られかねないので、それ相応の工夫が必要です。これも「その場にあるはずのもの」という視点からどう描写するかを考える必要があるわけです。


 他にも、カミソリで髭を剃っている時に深く剃り過ぎてしまい、流れ出た少々の血を見て、少し過呼吸になるかもしれません。戦場で拷問を受けて水責めにあった経験がフラッシュバックするかもしれません。

 シャワーの音が、あるジャングルの戦場での、大雨の日の記憶を呼び起こすかもしれません。ならば、シャワーの音の描写に力をれるべきです。

 これらもそこにあるはずのものですね。


 では、ここからまとめに入ります。

 劇中事実(そこにあるはずのもの)の性質は、「映像的情報」と、その場面にいる人物などの「心境情報」だけではなく、言葉の「含意」(がんい)で構成されていることがわかると思います。


 含意とは「しまった」ではなく「封印した」のように、言葉の表面にはあらわれていない別の意味のことであり、言葉の意味でしか表現できない事実です。


 小説の文章はこの含意の連鎖で伝えていくと言っても過言ではありません。


 プロが書いた小説を一冊手に取って、どこのページでもいいので読んでみてください。それが小説なら、通常はこの含意の表現で物語が進んでいるはずです。


 このように性質を分けてみると、小説の執筆は以下のフェイズで進んでいるととらえることができますよね。


【作者の内部作業】

1. 映像をつかむ … 場面の物理的情報を把握(何がどこにあるか)

2. 感情をつかむ … 人物の心理や背景を理解(その場の心境)


【作者→読者への伝達】

3. 含意をつかむ … 言葉の選び方で表面に出ない意味を示す


 そして、3. が重要なんです。


 もちろん全ての行がそうである必要はありません。その中に、映像や感情にフォーカスを当てた描写があることで、それぞれの力が際立つのです。


 今日までに構成評価をしてきた作品の多くは、「1. 映像」の文字起こしで物語を進めている作品が多く見受けられました。


 それでは小説とはいえないのです。


 そういう作品には必ず共通して、含意が分かりにくい動詞が多々使用されています。


 例えば……、

 

 言った、走った、置いた、あった、行った、来た、見た、聞いた、持った、立った、座った、歩いた、投げた、押した、引いた、取った、出した、入れた、開けた、閉めた……。


 なぜ言った? なぜ走った? ……


 のように「なぜ」をつけて考えてみると、本当に書くべき言葉が別の輪郭として浮かび上がると思います。

 自分の小説でも、このような特徴を見つけた場合は、「なぜ?」をつけて問いかけてみましょう。

 

 なぜ走ったの?

 (^p^)主人公は音に驚いて怖くなったからです。

 じゃあそれを書かんかーい!

 

 と、なるわけです。


 というわけで次パート6では、含意のつかみ方についてお話しします!


 今回の話が参考になりましたら、ぜひ応援コメントやレビューをつけてくださいね!

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