第32話 莉愛と穂乃果

 愛夏と二人で水族館デートをしてから数日後。

 俺達の関係はデートをする前に比べてより良好になったように思う。

 しかし、いい事ばかりではなく愛夏の噂はどんどん広がっていた。

 そろそろ本人の耳に入ってもおかしくはない。

 そんな感じだ。


「本当にどうしたもんかな」


 ずっと幸せな気分に浸っていることなどできずに、俺は頭を悩ませていた。

 いつ悩ませてるかって? それはもちろん授業中だ。

 最近はこういう考え事をしているとすぐに授業が終わっていることが多い。

 それもどうにかしたほうがいいけど、それより先に解決するべき問題は愛夏の件だ。


「そういやぁ結局莉愛は何かしでかしたのか? あれからそれなりに時間は経ったと思うんだが……」


 そこも不安なところである。

 莉愛は天性のトラブルメーカーだ。

 あいつが何かすると言ったら絶対に厄介な問題を起こすに決まっている。

 既に確定事項のようなものだ。


「そろそろ昼休みだし、聞いてみるか」


 こういうのは一人で勝手に悩んでもあまり意味がない。

 というか、俺には莉愛の思考なんてこれっぽっちもわからない。

 だから、絶対に直接本人に聞いたほうが効率が良いのだ。


「じゃあ、今日の授業はここまで。みんなしっかり復習しとけよ~」


 やる気がなさそうに化学教師の照井てるいが教室を後にした。

 これで午前の授業はすべて終わり昼休みが訪れる。

 先ほどまでは静寂だった教室もにぎやかになり、一気に教室内の空気が弛緩したことが分かる。


「うっしゃ~午前の授業やっと終わったな。瑠衣」


「だな。もうそろそろ春休みだから頑張りたいな」


 春休みに入ったら愛夏と二人で旅行にでも行きたい。

 そのためにも今年度中にこの問題を全力で解決したい。

 そうじゃないと。全力で春休みを楽しめないかもしれないから。


「ほんとそれな。春休みは莉愛とデートにでも行こうかな」


「そうそう、その件で莉愛に話があったんだ。莉愛はどこだ?」


「あいつなら休み時間が始まってすぐに教室から出て行ったぞ?」


「珍しいな。いつもならお前にべったりなのに」


 莉愛が転校してきてから、昼休みはいつも陽太といたって言うのに今日に限ってすぐに教室を出るなんて誰かに呼び出しでもされてるのか?

 まさか、告白?

 いや、それにしては陽太が落ち着いている様子だから違うか。


「瑠衣君! 一緒にお昼食べよ~」


 いつものようにニコニコとした愛夏が駆け寄ってきてくれる。

 その姿を可愛いなと思いながら、俺は何故だか胸騒ぎのようなものを感じていた。

 別に、何か変な事は無かったはずだ。

 それなのに、妙に胸のあたりがモヤモヤする。

 何かがつっかえているかのような不快感がある。

 どうしてだ?


「あ、ああ」


 俺がそう返事をしたのと同時くらいに廊下の方から叫び声が聞こえてきた。


 ◇


「さてっと、仕上げしょうかにゃ~」


 お昼休みになった私はすぐに教室を後にして目的の場所に向かう。

 目的の場所というのは一つしかない。

 藍原穂乃果のいる教室だ。

 私は今日、この問題に終止符を打とうと考えていた。

 これ以上時間をかけて拗れるのもめんどくさいし、何よりもこんなしょうもない問題で瑠衣君と陽くん頭を悩ませるのもいい加減うんざりだ。


「やっほ~藍原さんっているかな?」


 私は元気にできるだけ可愛くそう声を出す。

 既にここのクラスの人たちとは仲良くなっていてすぐに藍原さんがいることはわかった。

 まあ、目立つ容姿をしているし。

 聞かなくてもすぐにわかってはいたんだけど、一応ね。


「私が藍原だけど。あなたは?」


 すぐに敵意をむき出しにした藍原さんが出てきた。

 全く私は何もしてないって言うのに。

 こんなに敵意をむき出しにしなくてもいいのにね。

 まあ、今のこの子には瑠衣君の周りにいる女の子全員が敵に見えるんだろうなぁ~

 ここまでくるといっそ哀れだよ。


「私は神楽坂莉愛。ちょっと前に転校してきたんだ。空風陽太君の恋人で瑠衣君とは友達かな」


「空風君の恋人。ふ~ん。で、そんな神楽坂さんが私に何か用かな?」


「ちょっとここじゃあ、話しにくい話だから場所を変えない? そのほうが藍原さんにとってもプラスになると思うんだけど」


 私としてはこの話を全校生徒の前でしても一向にかまわないんだけど、それをしたら流石に藍原さんが可哀そうかなって思った私なりの配慮なんだよね。

 まあ、断ってきたらここで全部話してもいいんだけどさ。


「へぇ~私達って初対面だよね? 一体話って何なの?」


「それを話したいって言ってるんだけどな~来てくれるか来てくれないのかどっちなの?」


 別に私はどっちでも構わない。

 私は藍原さんに対して一切の情なんてない。

 この人がどうなっても私には関係ないし、正直言って本当にどうでもいい。


「あんた何なの! 偉そうにさぁ。ほんと鬱陶しい!」


「はぁ、そうやってすぐ怒って。何がしたいのさ。流石に呆れてきちゃうな」


 この子を表現する言葉はきっと幼稚という言葉なんだろう。

 すぐに怒って、本当に残念な子。

 なんで瑠衣君はこんなのと長い間付き合えてたんだろ?

 幼少期からの洗脳みたいなものなのかな?

 恐ろしい。


「私の事、馬鹿にしてるの!?」


「なんでそうなるかなぁ~はぁまともに話しが出来そうにないし、注目集めてるし。面倒だなぁ」


 収集が付かなくなりそうな現状にため息が止まらなかった。

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