14 晩秋の涙

 ハロウィンが過ぎて気候はずいぶん涼しくなった。日中はまだ冬の気配は感じないけれど夜はもう寒い。ブランケット一枚では風邪を引きそうなので暖かな布団を出して日光に干しておく。そうすれば夜はぐっすり眠れる。


 二階のベランダからは落葉樹が見えていた。部屋のなかに入ると毛足の長いラグの上でフェンリルが眠っていた。相変わらずの穏やかな寝息で気持ちよさそうにしている。読書の秋、食欲の秋、惰眠の秋、そんな言葉があるのか知らないけれど。


 一階のキッチンに降りるとパントリーのなかで小さな精霊たちがケンカしていた。炎の精霊と水の精霊は本来住み分けしていて、炎の精霊は火周りを水の精霊はパントリーや水周りを任せている。ところがちょっと同じ場所に居合わせるともう大変。バチバチ、バチバチと互いの力を擦り合わせながら小さくぶつかり合う。


「もう、ケンカしない! お菓子なら好きなだけ食べていいから」


 ドリュアデスは机の上の缶を開けてクッキーをつまむとみんなの口に放りこんだ。剣幕を立てていた精霊たちはニッコリ笑顔になり、口々に美味しいといっている。彼らはドリュアデスが精霊として特別なことを何も出来ない代わりに身の回りの世話をしてくれていて、そういう存在を大変ありがたいと思う。


「持つべきものはやっぱり親友ね」


 みんなその言葉が嬉しかったらしく手を挙げてきゃっきゃっと舞い踊っている。

 さてと、と一息ついて籐のカゴを持った。なかには焼いたばかりの桃のオープンパイが入っている。これをもってテオに会いにいこう。




 あの夜以来、ドリュアデスはテオのことを強く意識し始めた。好きという感情を認めたからだと思う。ブロッサムたちにいわれた「あなたはとっても素敵」という言葉が忘れられず、眠る前に必ず思い出して不思議な感覚に浸る。嬉しいのだろうか、それともくすぐったい? わたしは心の奥底で何かを気にしてる?


 人間と深い関わりを持つこと自体を嫌う精霊もこの世にはいて、そんな精霊たちには自身の生き方がどう映るのだろう。ブロッサムたちのように好意的に受け止めない精霊だってきっといる。


 異端とされる生き方が爪はじきにされるのは人間でも精霊でも同じ。分かり切っていることだけれど。ブロッサムなら好きに生きていいのよというだろう。でもそんなに奔放にもなれない。出来るのは小さな幸せを守っていくことだけ、わたしってまるで人間みたい。

 優しい彼女らに相談くらいすればよかったと思う。そうすればきっと気持ちは晴れた。彼女らはすでに暖かい風を求めて南へと旅立った。


 テオは優しくていい人だ。初めて会ったときにそんなのすぐに分かった。精霊には勘が働くところがあって少し言葉を聴くだけでその人となりが分かる。悪しき魂を持った人間には悪い精霊が寄っていくように、逆に良き魂には自然と善良な精霊が寄り集まる。


(わたしがテオに惹かれているのは精霊だからだ?)


 たどり着いてはいけない疑問にたどり着いてしまったような気がした。胸の奥でとくとくと心音が高鳴りやがて消えていく。気持ちが膨らみ萎んでいくのを感じた。わたしはやっぱり精霊だ。出来損ないでも精霊なんだ。気持ちばかりが沈んでいく。テオにはオープンパイを渡してお別れをいってきた方がいいのかもしれない。


 町にたどり着くと図書館へ真っ先に向かった。お別れをいおう、お別れをいおうと頭で念じながら歩いていたら。


「ドリュ!」


 サーキュラー階段の上から声が聞こえて見上げるとテオが足早に降りてきた。心臓が跳ね上がる。頬が上気して恥ずかしくなった。

 今日も素敵なハチミツ色の髪の毛と笑顔だ。


「あ、テオ。あの、その」

「ずいぶん来なかったね、心配してた。お菓子上手くいかなかった?」

「え、いや。あのそうではなくて」


 あたふたと焦りながら手をむんずと突き出してカゴを渡した。テオが不思議そうにしている。


「オープンパイ。上手に出来たから」

「え、あ。もしかして……くれるの?」

「要らなかったら別にいいの。でもたぶん美味しいと思う」

「ううん、嬉しいよ。もらう」


 照れながらカゴの中身を受け渡そうとしたら、図書館の入り口のほうからたくさんの黄色い声が飛んできた。


「テオ! ごきげんよう」

「今日も来たわ。おすすめの本あるかしら」

「この間の恋愛小説、最高だったわ」


 テオは口をぽかんと開けたまま固まって少し何かを考えているようだった。彼女らは二人を取り囲むとドリュアデスを品定めするように麦わら帽子のツバを持ち上げたり、ワンピースのすそを持ち上げたり、顔までのぞき込んで不機嫌そうににらみつける子もいる。

 こういう雰囲気は苦手だ。麦わら帽子のつばを必死で押さえつけ耳が見られてしまわないようにする。


「ねえ、テオ。この子だあれ」

「つまらなさそうな子とおしゃべりしてないでわたしとデートしましょう」

「あら、先約はわたくしよ」

「あら抜け駆け? テオはみんなのものなんだから」

「順番よ、順番」


 テオははあっと頭を抱えて目をつむった。


「ごめん、ドリュこの子たちは……」


 何かをいい訳しようとした時にドリュアデスのなかでぷつんと何かが切れた。ぷうっと頬が膨らんで。


「テオのバカ!」


 大声で叫ぶとオープンパイの箱だけ突き付けてスカートを翻してその場を去ってしまった。背後ではテオの呼び止める声が聞こえていたが無視をする。ここは図書館だよと誰かのたしなめる声がしている。


 ずんずんと歩いていると涙がにじんで恥ずかしさがこぼれ出て。気持ちを逸らすようにつんと鼻先を上に向けた。


「……もう、テオ何て知らないんだもん」


 図書館を出るとまっすぐ町を出ていく。帰り道にうぇーんと泣いているとと小鳥が肩に止まったので、それを手のひらに乗せて口をへの字に曲げながら森まで帰った。

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