°˖✧*✧˖°冬の章°˖✧*✧˖°

15 冬のセレナーデ

 雪が庭の飾り付けたクリスマスツリーに積もると動物たちは冬ごもりを始めた。鹿が雪の下から木の芽をほじくり出しているが大して腹が満たされなかったのだろう。静かに森へ消えていく。小鳥がオーナメントに交じって羽を休めていて、ぴちちと鳴く声が窓の外から聞こえている。


 こんな日には家を出ることすらできずに買いこんでおいた食料で食いつなぐ。ドリュアデスは精霊から空腹でも困ることはないのだけれど、どうしても食べていないと幸せを忘れてしまう気がする。季節の野菜をよく食べなさい。肉と魚は交互に、乳製品は好んでオリーブオイルをよく使う。パンは黒いものを。おばあさんに教えてもらった健康法だ。


 暖炉の前で朝食をとっていると薪が火の粉を吹いた。ちりちりとした燃えカスが絨毯に黒い焦げを作る。絨毯は古くなれば代えてきたのだけれど、今使っているものもそろそろかもしれない。気に入ったものがあれば目星をつけておこう。


 朝から客もいないのだけれど自然と足はパントリーに向かっていた。昨日から休めていたカヌレの生地を型に流しこんで六個だけ焼く。フェンリルと自分の分とあとは煙突にいる彼ら用だ。年代物の暖炉にはちゃんと小さな精霊がいて気分がよければ掃除もして居着いてくれる。夜、時々リビングを徘徊する姿を見かけるのでカヌレを供えておくと朝にはちゃんとなくなっている。感謝の気持ちを示すこと、それは人間でも精霊でも忘れない。


 しばらくするとハチミツとラム酒とバニラビーンズをミックスさせた香りが漂ってきた。おばあさんのレシピは完璧だからアレンジする必要性もない。いいものは繋いでいくこと。それもおばあさんに教えてもらった丁寧に暮らす秘訣だ。


 急ぐこともなかったのだけれど、退屈の虫に急かされて年越しのために大掃除をすることにした。右手に古布を裂いて作ったはたきを持って埃を払う。最初は天井のシャンデリアから。次はむき出しの梁、カーテンレールを掃除して本棚の上も払って。ベッドを動かして床の拭き掃除をして。


 日頃から綺麗にはしているつもりだけれど汚れはいくらでも見つかる。半日、掃除をして合間に食事をとってフェンリルともふもふ遊んで。


 ちょっと疲れたなとベッドに寝転んでいたらクローゼットが気になった。扉は閉めているのだけれど、中身が無性に気になる、意を決して開けてみるとぎゅうぎゅうに詰め込まれたワンピースがぼよんと張り出した。


「ダメね、断捨離しなきゃ」


 ドリュアデスはほとんど服を捨てないので買ったものばかりが溜まっていく。どれもお気に入りだから捨てられないのだ。おばあさんの着ていたものを自己流でサイズ直ししたり、デザインの古いものはフリルを取ってみたり。さすがに穴が開いたり色あせたものは捨てるけれど。


「古着屋さんに持ってもいいけれど大荷物だから燃やした方がいいのかもしれないし」


 ええい、と気合をこめてハンガーごと抜き出していくとそれベッドに並べた。


「これは捨てるヤツ、これはまだ着れる。ううん、これはもういいか」


 一人で唸りながら選んでいるとフェンリルがのそりと立ち上がってクローゼットに向かった。


「どうしたの、フェンリル」

「きゅううん」


 鳴きながら一着を引っ張ったのでそれを出してやる。ハンガーを手に持って心底驚いた。だってその洋服は……


 ドリュアデスは脱力してベッドに腰かけるとそのハンガーを見た。透けるような黄緑色のフレアドレス。胸元に着いた花のフリルと何重にも重なったペチコート、緑と黄緑のコントラストがオーロラのように美しく、風が吹くと華麗に膨らむ。あまりに懐かしく涙が出そうになった。もう何百年も前のものだというのに虫食いさえない。


 当たり前だ。これは人間の作った素材では出来ていない。精霊であるドリュアデスが故郷で着ていた精霊の念糸で出来た精霊のためのドレスだからだ。


 もう着ることもないと思っていたけれど捨てずに持っておいた。捨てられない、捨てようと思っても捨てることが出来なかったのだ。


「だめよ、フェンリル何がいいたいの?」


 問い詰めるとフェンリルはぷいっと首をふってリビングにいってしまった。彼は何を訴えたかったのだろうか。


 一人残されて考える。静かにされると封印していた記憶が洪水のように溢れて胸をきゅうっと締めつける。向き合わなければいけなかったのに避けてきたこと。


「精霊と人間の境界線でわたしは何をやってるのかな」


 沈黙していると大きな音がして身を固くした。屋根の雪がすべり落ちたのだ。


「こんな雪が降る所に暮らすなんて思いもしなかったのだけれど」


 吐息した、このドレスを贈られた時の記憶ならちゃんと覚えている。

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