13 光の花の咲く場所で
銀色の月が優しく微笑み、天の川から星屑がこぼれて静かに森の奥へ消えた。こんな美しい夜には素敵な友人たちとおしゃべりがしたい。
シルバーグリーンの柊に囲まれた小さな空間に精霊八人がそろって飾りつけをしている。星のニンフ、プレイアデスが人差し指をふると爪先から光の筋が走った。それはくるくると空間を周回しながら天井へと向かっていき、頭頂部にきらりと淡い光を残すと消えた。
「これで邪魔者はだれも来られない」
結界を張り終えた空間には水色やピンクの雪洞が灯りファンタジックな光景を描き出している。プレイアデスの金色のまつげが瞬くと雪洞が淡くランダムに輝き始めた。
バームクーヘンのような大きな切り株の机にはドリュアデスの作ったお菓子がいっぱいに並べられてブロッサムが用意した大きな花のケーキがろうそく付きで飾られている。食べられるものではないのだが美しくほのかな香りが漂っている。
飾りつけは完璧だ。あとは自由に過ごすだけ。おしゃべりに必要なのは美味しいお菓子と少しの話題と気心の知れた仲間たち。
空間の好きな場所に腰かけると苔のクッションを抱きしめて座ったり、花の床に座ったり、切り株に腰かけたりして顔を向き合わせた。
「楽にしていいのよ、ドリュアデス。わたしたちそう歳は変わらないもの」
「そうかも確かに」
云百歳といってみんなで笑う。今日のドリュアデスは自身の念糸で編み上げた薄紫のシフォン調のワンピースを着ている。アメジストの瞳とよく合う色だ。優雅に足を崩すと切り株に置かれたティーカップに手を伸ばした。甘い香りを流しこんでほほ笑む。大好きなプリメィラの花茶だ。花茶をゆっくり味わっていると楽園のニンフ、デーヴァが興味深そうに尋ねてきた。
「ドリュアデス。あなたが暮らしているのは人間の家なのよね。人間みたいに布団で眠ってカーテンを開けて朝日を浴びるってどんな気持ち?」
ドリュアデスは唇に指を当てて考えた。
「すごくいいことよ」
いいこと? とみんな不思議そうにした。精霊というものは基本的に眠らない。眠っているけれど起きている。起きているけれど眠っている。とても表現が難しいような状況で存在しているのだ。
「人間と同じように生活をしてみれば彼らの生活がいかに優れているか分かるの。精霊らしく、では得られなかったような満足感に満たされるの」
例えばこのお菓子もそうね、といって精霊の一人が桃のコンポートをかじった。口いっぱいにして美味しいと表情を綻ばせて喜んでいる。皆が同調したように食べて人間っていいもの知ってるんだと口々にいった。
「お菓子なんて発明をするくらいだから彼らが優れているのは当然ね、でも思わない。殺し合ったり、憎みあったり。非効率なこともしているわ」
うん、とドリュアデスは考えた。彼らの生活が効率悪いなんて考えもしなかったことだけれど彼女の意見は一部正しい。それでも。
「人間のように丁寧に生きていると幸せって一体何なのか少しだけ分かるような気がするの」
ドリュアデスが人間の暮らしを真似て感じた気持ち。幸せを感じる人間はいても幸せを感じる精霊は少ない。幸せという言葉の定義自体が曖昧であるが、彼らの大半は遊び心と好奇心だけで動いている。
「恋をしているのね」
ドリュアデスは小さく、うんと返事をした。
「相手どんな人? 精霊かしら」
「……人間なの」
小さく返事するとみんながまあといった。
「あのね、でもそれだけ! 人間と精霊は違うから。いいなって思うの、でも本当にそれだけで……」
手を胸の前でわたわたとふっているとブロッサムがにこりと笑った。
「隠さなくっていいのよ、わたしたちあなたのことについて知りたいだけ」
「そう……かな?」
「そうよ」
「ねえ、どんなに素敵な人なの? 教えて」
ドリュアデスは頬を染めながらテオのことを思い出して語った。
「見た目はちょっとカッコよくて、物知りで、あと親切で……」
「他には」
「そんなにないけど。でも」
七人はドリュアデスの表情を見つめて静かに言葉を待っている。
「ドリュって呼んでくれる」
みんなわあっと頬に手を当てて湧いた。
「お料理を食べてもらったり、楽しい話を一緒にしたり、本のことを教えてもらったりした時にこういうのが幸せじゃないかなってわたし思うの。でもわたしにはその答えが分からない。精霊の幸せが人の幸せと一緒なのか」
「とっても難しい問題ね」
ブロッサムがババロアを口に運んでうんまいといった。
「精霊には幸せなんて概念はないような気がするの」
どうして、とプレアデスが問いかけた。彼女は苔のクッションにあごをついている。どうしてなのか。ドリュアデスはおそらく今でも自分に自信がないのだ。故郷に置き去りにしてきた気持ちを再確認する必要性があるのかもしれない。
「難しいことは考えないで。彼といるとどんなことを感じてる?」
ブロッサムの言葉にクッションを抱き寄せながら答えた。口にするのも恥ずかしいようなこと。でも正直な気持ち。
「彼といると自分が自分じゃなくなったみたいにドキドキする」
柊の葉の合間からは外が見えていた。でもゆき交う精霊たちはこちらに気づいた様子もない。そこに空間が存在していることさえ知らないのだ。ともに過ごしている彼女らは自分の言葉をどう受け止めているのだろう。馬鹿だ、なんて思ったりはしないよね。
「みんなは世界中を旅して何かを見つけられたの」
「あなたほどじゃないわ」
デーヴァが後ろ手をついてバラの花弁をまき散らしながら答えた。彼女らの視線は宙にある。そしてみんなにっこりほほ笑んだ。
「自信を持っていいのよ、ドリュアデス。あなたはとっても素敵」
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