11 ハロウィンマーケット

 図書館のサーキュラー階段の前には新刊が並んでいた。パンプキンパーティという絵本やら古城を舞台にしたホラー小説、あとは秋をテーマにした詩集と画集、ドリュアデスのお目当てのレシピ本がたくさん並んでいる。夢中で選んでいると背後で「ドリュ」と声がした。


 ふり返ると白のローブに身を包んだテオが立っていて、手には数冊の書籍を抱えている。どうやら本棚に戻しにいくところらしい。彼は端正な顔でいらっしゃいと歓迎してくれた。


「ずいぶん熱心に見ていたけれど、今日はお目当ての本があるの?」


 ドリュアデスは声を潜めて事の詳細を話した。


「へええ、精霊同士の集まりが……」

「しっ! 声が大きいの」

「ごめん、つい意外だからびっくりして」


 テオはさっと口元を押えた。周囲をうかがったが幸い聞かれた様子はない。みんな仕事や読書に集中している。


「でね、みんなが好きそうなお菓子を用意したいんだけれど。せっかくのハロウィンだから町にお菓子が売られているでしょう。ああいうのを作りたいの」


(ふううん、精霊さんも洒落たことをするもんだね。そういうのは人間の知らない世界の話なのかな)

(そう、内緒なの!)

(分かった)


 テオが潜めていた声の調子を戻して提案をしてくれた。


「じゃあハロウィンのお菓子作りの本を一冊借りて町に出てみたら? マーケットを散策すればお菓子選びの参考になるんじゃない?」

「でも……」


 ドリュアデスは一人で商売人と交渉したりすることが得意ではない。ゆっくりとした人間関係は結べてもちゃきちゃきとしたおばさんに話しかけられた日には心の汗が止まらなくなってしまう。


「仕事終わったら一緒にいこうか?」

「えっ……」


 テオの思わぬ提案に心臓が跳ね上がる。


「あの、いや。その」


 帽子の両端を押さえて赤らんだ頬を懸命に隠そうとするが耳は隠れても動揺は隠しきれない。だってそれは。


「よし。仕事もうすぐ終わるから座って本でも読んで待っていて。片づけてくる」


 それだけいうとテオはカウンターの奥へいってしまった。


 デート、と困りながらドリュアデスは抱えた数冊の本を膝に下ろした。こうなれば借りていく本のこと何てもう頭に入らない。どうしよう。ぎゅっと目をつぶり頭を無にしようとしたが心臓が轟いている。やっぱりどうしよう。テオ何のつもり? とにかく一冊をテオにお願いもしなくちゃだしと、浮き立つ心で本を手に取った。




 町中には多くの人出があって、石畳と紅葉した鮮やかな街路樹の景色のなかにかぼちゃのランタンや蜘蛛やトカゲを象ったオーナメント、とんがり帽子やローブを売る露店が入り混じる。

 ハロウィンには収穫祭や魔よけの意味合いがあって精霊とは本来深い関連性がある。悪霊を払うなんて悪い精霊からしてみれば有難い話でもないのだがまあ、お菓子くらいとドリュアデスは都合よく解釈することにした。


 テオと離れて歩けば身がすくみそうになる。だからそばを歩いた。露店の店員はみんな歓迎してくれるのだが、ドリュアデスはむしろこういう気さくな雰囲気が苦手だ。


 テオが不安げな顔をのぞき見て「大丈夫だよ、取って食われたりしないから」と心配してくれた。


「どの店が美味しいかな」


 テオはドリュアデスの代わりに店を選んでくれている。横顔はとてもカッコいい。背の高い彼のそばにいるだけで緊張する。顔をちらっと見て視線を戻して、またちらっと見て気づかれないうちに視線を戻して。ローブの下はベージュのシャツを着ていたようだけれど細身のテオにとても似合っている気がした。


「……だけどドリュ、聞いてる?」

「え?」


 上の空だったことに気づき焦った。盗み見ていたことがバレてしまったかも。テオは気取った様子はない。視線を落とすと目の前には美味しそうなパイが所狭しと並んでいて、黄金色に光り輝く網目の間から色の違うフルーツがのぞいていて五種類どれも味が違うらしい。見ているだけで口のなかが甘くなってくる。


「美味しそう」


 お姉さんが淑やかにこんにちはと招いてくれた。穏やかな人。ドリュアデスは遠慮気味にこんにちはと小さくあいさつして頭を下げた。テオがポップに書いた飾り文字を読み上げる。


「栗にカボチャ、ナツメ、リンゴ、で桃。どれが人気あるんですか?」


 問われたお姉さんはかぼちゃが人気ねと笑った。分かりやすい質問だったらしい。でもおすすめはと桃よとつけ加えた。


「どうするドリュ?」


 ドリュアデスは真剣に考えた。桃のパイは珍しい。でも作り方の参考にするならばかぼちゃが妥当だろう。自身には普段扱わない桃はちょっと難しい気がしていた。


「桃って素敵ね。でもわたしに出来るとは思えないし。作るならかぼちゃをやっぱり」


 テオはそれを聞いてお姉さんにさらに質問をしてくれた。


「美味しそうだね、桃のパイってどうやって作たの?」

「簡単よ。カスタードを作って上にたっぷり桃を敷き詰めて網をかけて焼くだけ。でもそうね自宅でお洒落にしたいならオープンパイでもいいわ」

「オープンパイ……」


 分からない用語が出てきたので戸惑っているとテオがドリュアデスの疑問を晴らすようにつけ加えた。


「パイ生地で包まずに焼くってこと?」

「そうよ、モモは大きめにカットしてケチらずたっぷり乗せる」

「うん、とても美味しそうだ。教えてくれてありがとう。参考にしたいから桃とかぼちゃを二つずつ包んでくれないかな」

「どうもありがとう」


 お姉さんはトングでパイをつかむと手慣れたように紙袋に入れた。テオがさっと前に出て有無をいわせず支払いをしてくれる。


「……え、あ、その」


 突然の計らいに戸惑っているとテオが「いいよ」と笑った。

 ドリュアデスは店を出ると紙袋を抱きしめて「ありがとう、テオ」と伝えた。彼は特別な様子ではなかった。


「ドリュとフェンリルで分けて食べるんだよ。気に入ったほうを作ったらいいんじゃないかな」

「うん。約束する。ありがとう」

「どういたしまして」


 その後、町の入り口で別れるまでずっと言葉が出てこなかった。うつ向き加減でテオの影を踏みながら歩く。彼のさりげなさがとても嬉しかった。フェンリルも家族だっていってくれた。お買い物も助けてくれた。ちゃんと見送ってくれるし。優しいな、そう思う。

 彼への気持ちはそっとパイのように胸に包んで大切にしておこう。お腹が空いた時にちょっとかじればいい。ドリュアデスはまるで独り言が小説の一説だとそっと笑みを浮かべた。

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