1話目 砂漠の姫




 ―――――・・・まさるが次に目覚めた時、いたのはどこかの建物のベッドの上だった。


 側にあるローテーブルに「ちょっと席をはずします」と書き置きがある。


 まさかあの女子は自分を抱えてここまで運んだのかと疑問が浮かぶ。


 いや、ウィーザードボードだろう、と少し落ち着いてきた自分を自覚する。


 そこに、小麦色の肌に肩下までの黒髪、緋い目の美少女がやって来た。


 上半身を起こそうとすると、彼女はあわてて「大丈夫ですよ。養生して」と言う。


 まさるは低反発のふかふか枕に後頭部をあずけて、一息吐く。


 彼女は心配してくれていたようで、安堵にわずか微笑んだ。


 自分でも意外なほど疲れで声は小さかった。


「ここは、どこ・・・?」


「妖怪退治屋の医務室です」


「君が助けてくれたの・・・?」


「はい。ん~・・・どうやらあなたは特殊体質ですね。よこしまに頭痛を起こす」


「その件で、用があるんだ。『姫』に掛け合いに来た」


「・・・私に?」


「君は姫なのか」


「はい、そうです」


「君を、砂漠の中、探して、いた・・・」


 彼女は胸元をさらしで巻いていて、左片胸に対極図が記された金属の胸当てをしている。くびれの曲線とへそが見えていて、黒いショートパンツにフェルト素材の正面横半分の長い腰布を腰元の専用部分で縛っている。その腰布のすそは、装飾要素が槍先の形に似ている、とまさるは思った。


「側に座ってもいいですか?」


「ああ、うん。どうぞ・・・」


 編み上げのかかとのあるオリエンタルなサンダルをはいている『姫』が、ベッドの側にある木製の椅子に座る。


「あなたのお名前は?」


「まさる」


「ああ、まさる、さん。『さる』しか聞き取れていなかったので、報告にサルだと言ってしまいました。申し訳ない」


「別に、それでいい・・・」


「父たちがあなたを珍しがっています。私に対面をしておきなさいと言っています」


「君は・・・不思議な力を持っているの?」


「あぁ・・・えーっと・・・はい。霊力は持ってるけど、コントロールの仕方がいまいち分からないので、砂漠地区から出たことが特にありません」


「妖怪退治屋なんだよね、ここ」


「はい。そうですよ。ご依頼ですか?」


「そうなんだ・・・無理矢理にでも迎えに、ってつかわされた」


「まさるさんが?」


「『サル』でいい。なんか西遊記みたいだし」


「・・・ん?ええ、はい。じゃあ『サル』さん」


「なに?」


「いえ、呼んでみただけです」


「ああ・・・うん。ウィーザードボードが使えるから、まるで自分が『孫悟空』だよ」


 少し笑いが起こるかな、って思ったまさるに、姫は不思議そうにした。


「そんごくう、ってなに?」


「・・・え?」


「ん?」


「西遊記の孫悟空」


「西遊記と言えば、私的に西遊記機関省です。義理の兄や姉たちが妖怪退治屋として契約しています」


「孫悟空も知らないの?」


「知りません。コードネームですか?」


「えーと・・・俺は、一般人、だと、思う」


「コードネームなし?」


「ああ、うん。姫、を、補助しろ、って皆に言われた。ウィーザードボードに乗れるやつは少ないから」


「砂漠に落ちていたのはあなたのものだったんですね。あとでお返しします」


「うん・・・ありがとう」


「あ、着替えは家の者の男陣がさせましたから。干してありますよ」


「そっちも、ありがとう・・・」


「大丈夫ですよ」


 どうして片耳元に赤いハイビスカスを飾っているのかの都合は知らないけれど、彼女にとてもよく似合っている、とまさるは思った。


「植物・・・ここらで育つの?」


「あ、はい。この付近では砂漠にくらべてわずかですが緑があります」


「・・・そうなのか」


 彼女は微笑んだ。


「依頼の方、お話くわしく聞く前に、水分補給はいかがです?」


「助かる・・・」


「今用意しますね」


 冷えた麦茶を透明なグラスに注いでもらって、まさるはそれを美味しいと思った。


「サル、でいいから・・・」


 不思議そうにする彼女の目を、まさるはまっすぐ見た。


「コードネーム『サル』でいいから、一緒に百鬼夜行に対処してくれっ」


「なにかお力が?」


「俺は邪気を感じ取って、上手くいけばそれを跳ね返したりできる」


「あ、私は邪気を無効化できたりします」


「まさか、コードネーム持ってるの?退治屋で?」


「はい。サンゾウ、と言います」


「姫、なんだよね?」


「はい、そうですよ」


「恋人とか許嫁とかはいますか?」


「いいえ、いませんよ」


「じゃあ、僕が候補に挙がっていいですかっ?」


「え?」


「君に・・・惚れたっ!!」


「・・・ええぇぇっ!?」


 顔を真っ赤にした彼女は大仰に身体を退いて、部屋から走って出て行った。


「・・・え?」



 しばらくすると部屋に置いてある内線らしき電話が鳴った。


 気になったので受話器を取ってワイヤレスボタンを押すと、彼女の声がした。


「〈サルさん?〉」


「はい。そうです。僕は幼く見えるけど、十七歳です。あなたが初恋の相手です」


「〈サルさん・・・父に相談したら、なぜか一緒に見聞してこい、と・・・〉」


「ちょうどいい。百鬼夜行を未然に防げたら、って思ってる」


「〈なるほど・・・食事を軽くしたら旅立ちなさい、って。準備しますね〉」


 そう言って内線電話の通話は切れて、まさるはため息を吐いて枕に身体を任せた。

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