2話目 新宿のエロガッパ

 医務室にある姿見で、斜の付いたティアラを付ける彼女。


「そう言えば名前・・・」


「本名?秘密です。父が見聞していくうちに運命の殿方に出会うだろうって」


「ん?」


「私は、身内か『将来身内』になってもいいひとにしか、本名を言わないひとです」


「分かった。信頼できる仲間になりたい」


「本当ですかっ?」


 勢いよくこちらに振り向いた彼女の笑顔が可愛くて、大きく何度もうなずく。


 彼女が不思議そうに「どういう意味だろう?」とつぶやく。


「まだ・・・まだ早い、まだ早い・・・百鬼夜行を収束させるまではっ・・・」


 その時ファックスが送られて来て、独特な音を出す。

 

 その紙をまさるに渡し、「地図ってやつらしいです」と言う彼女。


「多分、丸印がされてる所に行け、ってこと・・・新宿ね」


「新しい宿・・・?見聞についてだって父が言ってたけど、ここに泊まるんでしょうか」


「しんじゅくっ」


「・・・ん?」


「新しい宿に行こうっ?」


「はいっ」



 * * *



 魔法具サーフィン型ウィーザードボードに乗って、旅支度をしたふたりは砂漠を出る。


 そのまま飛行可能な場所まで飛び続けて、目的の建物は『キノコ街道』付近だった。


 飛行を止めて巨大なキノコの群れを見上げるふたり。


「圧巻・・・」


「ですね」


 新宿の記憶を吸って満足したらしき、薬になるかもしれないキノコたち。


 なんでも約束の日を破った人間たち側のせいで、未だ「良薬になってない」状態。


 キノコ街道付近は危険だと言う当然の考え方から、家賃が安い。


 如意棒らしき『サル』の使う武器を所持している者は、この付近にいるらしい。



 * * *



 紙切れの住所を見て、とあるアパートの一室の前にふたりはいる。


「ここかぁ・・・」


 チャイムのボタンを押すサンゾウ。


 のそのそ出てきたのは腰まで髪の毛がある美青年で、まさるを見て「女子?」と言う。


「俺は男だっ」


 更にひとの気配に玄関の扉を開けた男が、サンゾウの姿を見てぎょっとした。


 少しの間ののち、「女子・・・」とぼやく。


 まさるが、「新宿のエロガッパって君?」と率直に聞く。


「君ぃ?俺は二十六歳、多分だがお前より年上だ」


「あ、ごめんっ・・・」


「ごめん、な、さ、い、だ」


「ごめん、突き詰められたくない・・・」


「何か事情があるのかよ?」


「単に多感期だよ」


「仕方ない。入れよ。珍しい客だ。茶でも出すぜ」


 返事を待たずに部屋の中に戻っていく男から視線を外し、まさるがサンゾウに言う。


「多分だけど彼、春を売ってるひと、だ」


「ん?」


「売春」


「まかさっ・・・」


 戻ってきた男が閉まり終わりそうな玄関扉を再度開ける。


「入らないのか?」


「春を売ってる、って・・・特殊能力っ?すごい!お話してみたいっ」


 男がいきごんで言った。


「中に、入ったらいいっ・・・」


「コードネームとかありますかっ?」


「・・・『新宿のエロガッパ』だ。略してもいいぜ」


「私はサンゾウっ。こちらは『サル』さんですっ」


「なに、その西遊記っぽいの?ばぁちゃんから継いだ武器の件か」


「そうなんだっ。やっぱり、君が持ってるだっ?中に入るよっ」とまさる。



 サンゾウは玄関の内側に入って、部屋の様子を見た。


「靴を脱ぐんですか?」と不思議そう。


 側には煙草と香水の匂いが染みついた美青年の長い髪先がある。


 サンゾウは楽しそうに男を見上げた。


「ガッパさんのお家は・・・玄関しかない?」


 大笑いをした美青年が、旅に付いていくぜ、とあとでぼやいた。


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