第44話 決着

 元老院では、腕を負傷したソリストの応急処置が手早く行われた。

「さて……」

 ソリストは元老院の議場に居る他の貴族達に視線を戻すと、椅子から優雅に立ち上がった。


「今回の騒ぎを起こした犯人がモロウ侯爵のみではないことも把握している。単独で行ったにしては規模が大きい。鎮圧はしたが、皇都にも被害が出ている」


 月桂樹の葉が所々破かれていた。

 皇都の被害状況を、葉を破ることによって伝えよとソリストは側近に伝えていた。


 議場の貴族達には重苦しい沈黙が下りる。


「誰を罰し、誰を罰さずにおくかを判断するのは難しい。よって、事件に関わった家にも、保身のために傍観を決め込んだ家にも、モロウの動きに気付かなかった家にも、全ての貴族の家に例外なく二つの処分を下す」


 貴族達の視線は、上座に居るソリストに集まった。

「一つは、私達の次の世代に限り、皇族の名付け制度を変更する。私の息子フーガの家名は、グリス・ソルフェージュから、私と同じリズム・ソルフェージュに改名をする。弟バイエルに子が生まれた場合も同様」


 貴族達の中には、不可解そうな顔をする者も居た。

 皇位継承者達の名付けの変更が『貴族』に対する罰なのだろうかと。


 だがその一方で、ソリストの言葉の意味を理解する貴族達は多かった。

 オルヴェル帝国の貴族の子供は片方の親の家名を受け継ぐことになっているが、皇族の子供は両親の家名を受け継ぐことになっている。


 ソリストの息子フーガの例をとれば、ソルフェージュ家のソリストとグリーシュ家のカトレアの間に生まれたため、「グリス・ソルフェージュ」という家名が付けられた。


 バイエルとシルキーの間にもし子供が生まれていたなら、シルキーの実家のアルザス家の名から、「アルザス・ソルフェージュ」と名乗っていた。


 皇位継承順位の高い者が自分の家名を持つのは、貴族達の中では皇帝の信頼厚い家と見なされる。


 さらにその皇位継承者が皇帝に即位するのは貴族達の間で最高のほまれとされていたし、また皇帝も、自分と同じ家名の貴族を特別扱いするのは歴史上珍しいことではなかった。


 この処分には、次の世代の皇族と貴族の癒着を防ぐというソリストの狙いがある。

「もう一つは、この元老院に関することだ」


 ソリストは議場の隅々まで染み渡らせるように、ゆっくりと言葉を発した。

「20年後を目処に、元老院を解散する」


 ざわめきどころでは済まなかった。

 貴族達は体面も忘れて取り乱した。

 金切り声をあげる者、顔を赤くして怒鳴る者も居た。


「僭越ながら、皇太子殿下は皇帝陛下の名代なのですぞ! 元老院の解散など、じゅ、重大なことを、殿下の独断で決めるなど……」


「陛下と話し合った末の結論だ。私も陛下も、帝国の政治体制を変えるべきだと前々から思っていた」


 言葉をなくす貴族達。


「世襲の貴族で構成される議員主導の政治をやめ、広く民衆に門戸を開ける。有能ならば議員として登用し、無能ならば登用しない」


 ふ、とソリストは魅力的に笑んだ。

「安心するといい。今ここには、恵まれた家に生まれ、高い教養と豊かな知性を身につけてきた才有る者しか居ないはず。各々の能力が数値化され、可視化されるというだけだ。そうすることで、議会に対する国民の支持も高まる」


 食い下がろうとした貴族達が勢いを無くす。

 どうやら自信の無い者も多いらしい。

 ソリストは気にせずに続けた。


「元老院という名称を引き継ぐかどうかは検討中だ。20年後に滞りなく新しい体制に移行できるよう、本日から法の整備や登用制度の新設などの準備を進める」


 こういうのは、相手が混乱しているうちに強引に進めてしまったほうがいい。

 我ながら悪どいとは思ったが、後でぐだぐだと理屈をこねられないように、早期に出来る限りの布石を打っておくのは大切だ。


 噛み付けるものなら噛み付いてくるがいい。


 ソリストは椅子に座りなおすと指を組み、泰然として貴族達と向かい合った。

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