第43話 皇太子を狙った刃
ナランテ地方領主モロウは目を血走らせ、声を荒げていた。
「皇太子殿下はご乱心であらせられる!! どこに私がやったという証拠があるというのですか! あの夜、フィーネ皇女殿下を攫ったのは、ヴァンス男爵家のアデルではございませんか!」
「私はアデルがフィーネを攫ったとは一言も言ってないが? いや……そもそもフィーネが攫われたという事実を知るのは、家族以外では皇宮に務めるフィーネの騎士達とフィーネ付きの召使達、そして私が直に話を聞いたヴァンス家の人間だけのはずだ。彼らに緘口令を敷いた内容を、どうして関わりの無い貴殿が知っている」
モロウは青ざめ、杖をつく手を激しく揺らした。
「庭に! 私も庭に居たのでございます!!」
怒ったように声を飛ばすモロウに、ソリストは少しばかり首を傾げた。
「……貴殿はあの時、広間で貴族達とずっと談笑していただろう。私もバイエルも見ていた。貴族達に聞いてみてもいい。さて、広間に居た貴殿が『庭』という場所まで知っているとは……」
「だとしても!!」
モロウはニヤリと笑った。
「他については、私が関わったとは言えますまい」
「皇族の周りで起きた事件の直接的な容疑者達に不自然に共通するものがある」
ソリストが幼い頃、ロンド家の奥方の傍に仕えていた女の召使。
第二皇子邸で仕え始め、シルキーに薬を盛って姿を消した召使。
アデルをヴァンス家へ連れていった、オリヴィアと名乗っていた女。
ソリストはいち早くその特徴に気付き、バイエルに注意するよう言っていた。
「帝国南部のナランテ地方、しかも、その中でもごく一部の地域に存在する訛だ」
「訛?」
モロウは怪訝そうな顔をした。
「訛というのは、自分では気付かない。だからこそ、真似も矯正も難しい。……貴殿も気付いていないように」
「何を仰っているのやら!」
「ナランテ地方領主モロウ侯爵。貴殿と彼女達の使う言葉は、無関係と言うには難しいほど似ているということだ」
「言いがかりですぞ!!」
「では、抵抗せず取調べを受けて潔白を証明せよ。連れて行け」
ソリストの傍らの騎士達が走っていき、モロウを捕らえる。
「ふっ……はっはっは! 取調べなどしている余裕がありますかな? じきに騒がしくなってまいりますぞ!!」
ソリストは連れていかれるモロウ侯爵を一瞥した。
「貴殿が指揮した暴動ならば、既に鎮圧している」
ソリストは隣の小机の上に飾られた月桂樹を見る。
月桂樹の花言葉は「勝利」。
もし皇都に騒ぎや戦闘が起きて、それが収束できる見込みが十分立ったのなら月桂樹を元老院の議場まで届けるようにと、ソリストは側近に伝えていた。
「鎮圧など認めんぞ……認めん!!」
モロウは騎士が油断した一瞬で、手にしていた杖の先をソリストへ向けた。
次の瞬間、風を切るような音がして、ソリストの腕に小型のナイフが刺さる。
「……っ」
(杖の先から……隠し武器か)
ソリストは眉間に皺を寄せて堪えた。
「殿下!」と議員達が口々に驚き焦る声をあげる中、ソリストは「大事ない」と言って腕を押さえた。
帝国を守るため決死の覚悟で戦っている者達。否応なく戦いに巻き込まれた者達。
(他の者達の痛みに比べれば、この程度)
「皇帝陛下に弓引いたことを、後悔するが良い。我らソルフェージュは、ヴィオラの民を苦しめたモロウを赦しはしない」
騎士達に両腕を掴まれたモロウに、ソリストは厳かに告げた。
「は、ははは……くく……ひゃーっはっはっは!!」
モロウは狂ったように笑いながら、議場から引きずり出されていった。
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