第28話 マグ=ホルド参入

 ──バルド視点──


 奇襲突撃で槍兵の横腹を呑み込んだ俺たちは、そのまま敵陣を深々と裂き進んだ。

 血と鉄が渦巻き、轟音の奔流が隊列に大きな風穴を開けた。


「……無事か!?」


 俺は裂けた戦場の中央に孤立していた斧騎兵の列に声を張り上げた。

 そこには――敵兵の血を全身に浴び、一際巨大なハルバードを片手で振り上げる戦士の姿があった。

 矢を背に受けながらも、なお狂ったように嗤い、振り下ろすたびに人間の兵を粉砕していく。


 返ってきたのは、血に濡れた獣じみた嗤い声だった。

「ヒャハハ……この通りだ! だがよ、お前は何者だ……?」


「今は後にしろ!」

 俺は刃を振るいながら叫ぶ。

「敵兵が多すぎる。このまま押し通すぞ。一度マグ=ホルドへ帰還する!」


 返事を待たず、俺は視線を上げた。

 戦場の奥、翻る黄金の獅子旗。

 その下に築かれた槍壁は、他のどの軍とも違う。揺らぎなき足並み、寸分の狂いもない槍列。赤いサーコートに身を包んだ兵は、この奇襲に際しても身じろぎせず列を保っていた。


「……第一騎士団」

 吐息とともに、言葉が洩れる。

 想定のはるか上。最悪の布陣がここにある。マリス神聖王国が誇る最強の矛であり、亜人狩りの先鋭中の先鋭。ゲーム本編の裏でマグ=ホルドを攻略したのは、恐らくこの部隊だったに違いない。


 周囲に囲まれたこの状況。流石にこの陣形で戦うのは分が悪い。


「族長! 包囲が迫ります!」

 ライダーの報告に頷き、俺は即座に号令をかけた。

「全軍! この裂け目を広げろ! 血路を開き、マグ=ホルドまで退く!」


 黒鉄の軍勢が再び咆哮を上げる。

 裂けた戦場を起点に、騎馬の列は戦線を突破した。




                ♦



 濁流の中洲に築かれた巨城――マグ=ホルド。

 その城門前では、必死の攻防が繰り広げられていた。


「押し返せ! 跳ね橋を守り切れ!」

 城門を背にしたオーク兵たちが、次々と迫る人間どもを剣で叩き伏せる。

 だが敵兵の数は多い。弓の雨が降り注ぎ、槍の列が橋板を軋ませて迫り上がってくる。


「こ、これ以上は……!」

「構うな! アク―バ将軍が戻るまで、橋を渡らせるな!」


 その時――。


「見ろ! 騎兵だ……!」

「……あ、アクーバ将軍だ!!将軍が生きているぞ!」


 濁流に響き渡る咆哮とともに、黒鉄の槍が戦場へなだれ込んできた。

 血まみれの騎兵を率いるのは、『血斧』の異名を持つアクーバ=ジャハン。

 その隣には、黒き軍勢を率いる指揮官――バルドの姿もある。


「将軍が帰還したぞ!」

「援軍も一緒だ!今のうちに押し返せえ!」

「跳ね橋を上げろおおお!! 敵を遮断しろ!」


 鎖が軋み、鉄輪が唸りを上げる。

 重い橋板が鳴動しながらゆっくりと持ち上がり、濁流がその間を切り裂いた。


 最後尾を駆け抜けたのは、血と泥に塗れたアクーバの騎兵と、骨馬スケルトン・ホースに跨るバルドの軍勢。

 蹄が橋板を打ち鳴らした刹那、橋は水飛沫を上げて引き上げられる。


 人間どもが追いすがるも、跳ね橋はすでに宙に吊られ、鋼の城門が閉ざされた。

 濁流が壁となり、追撃の矛先は無惨に断ち切られる。


「アクーバ将軍だ! 将軍が帰還された!!」 

 歓喜の咆哮が、マグ=ホルドの城内に響き渡った。


 馬上のアクーバは血まみれの顔で笑い――そのまま馬から転げ落ちた。


「ハァハァ……お前ら!俺様が戻ったぞ!」


 大の字に転がりながらも、嗤いながら拳を突き上げる。

 兵たちは唖然とした後、さらに大きな咆哮で応えた。



                 ♦


 ──バルド視点──


 俺は大の字で寝転がる男を引き起こした。

 大したものだ。血と泥に塗れ、矢を背に突き立てながらも、なお嗤っている。


 手にしたハルバードは常人なら両手で抱えねばならぬ巨鉄。

 先鋭の斧騎兵を操り、血を浴びながら戦場を駆け抜ける狂気。

 本編では既に故人だったはずの男――

 ジャハンの『血斧』。


 アクーバ=ジャハン。


 狂気と武勇を併せ持ち、蛮族の将の象徴のような存在。

 血に濡れた顔で、そいつはにやりと口角を吊り上げた。


「ヒャハハハ!ザラ=クル越えなんてイカてんなお前!俺様はアクーバ。ジャハン士族長にして、マグ=ホルドの将軍だ。さっきは助かったぜ!」


 その声には、死線を潜り抜けたばかりのはずなのに、恐ろしいほどの熱が籠っていた。

 通常なら立ち上がることすらままならぬ傷を負いながら、まるで戦場がまだ続いているかのような眼をしている。


「ガル士族長のバルドだ。大将軍の危機に馳せ参じた」


「ガルの!」

 アクーバは血まみれの顔をさらに歪ませ、狂気じみた笑い声をあげる。

「ヒャハハ!知ってるぜ!遠方のレーウェンで大暴れした連中だろ!」


「……知ってるのか?」

 俺は眉を寄せた。カズロス男爵も知っていたが、自分たちの名声が前線まで響いているとは思わなかった。


「そりゃあなぁ、人間の軍勢を退けられる亜人なんざ数えらえれる程しかいねぇ。ましてや二つ名持ちといえば限られるからな。黒い肌に黄金の瞳、お前が『レーウェンの黒鬼』か……!」


 アクーバの嗤いは止まらない。


「おまけに良い戦士を連れてやがるな……」

 アクーバの目が、一人ひとりの騎兵を舐め回すように見渡す。

 「全員が進化済みで、白骨の馬に跨るか。……ヒャハハ!こんな化け物どもを見りゃ、人間どもも腰を抜かすってもんだ!」


 ふと、アクーバの笑みが消えた。

 狂気に塗れながらも、その眼だけは鋭く俺の胸を射抜く。


「しっかし──お前、いったいどれほどのを犯した?」


 確信を突くような、心臓を握りつぶされるような視線。

 俺は一瞬、スログを喰ったあの静かな夜を思い出した。全てが動き出したあの夜を。


(俺が怯えた?……何に?)


 後ろめたいことなど、何ひとつ無い――はずだった。

 人を喰ったことも、死霊術を身に着けたことも。

 全ては同胞を救うため。

 俺に残された道はそれしかなかった。


 奪った。

 生きるために必要な力だから、迷いなく奪った。

 屍からも、敵兵からも、そして武器すら持たぬ子供からも。


 だがアクーバは、すぐにまた嗤い散らした。先ほどまでの剣呑さは霧散した。


「ヒャハハ!冗談だ。冗談。今は色々とゴタついてるからなぁ、強ぇ戦士は歓迎するぜ!」


 鉄臭い風に煽られながら、アクーバは血の付いた手で軽く俺の肩を叩いた。


「早速で悪いが他の将軍達に会ってくれねぇか?俺と大将以外はクズ共ばかりだが、人間どもの対策を練らなきゃならねぇ。お前にも損にはならねぇはずだぜ」


 マグ=ホルドを守る三人の将軍。それを統べる大将軍。

 本来は歴史の闇に消えるはずだった英傑達。

 願ってもない機会だ。彼らが何を思い、何を果たそうとするのか知る必要がある。

 だがもし、それがオークの未来を閉ざすものだとすれば……。


「案内を頼む」


「ああ、俺様に任せろ」



 ──俺はこのマグ=ホルドで大きな決断を下さなければならない。

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