第27話 黒鉄の奔流

 ──将軍アクーバ視点──


 俺様のハルバードが唸りを上げる。

 鋼の穂先が槍兵の列をまとめて薙ぎ払い、人間どもの胸を裂き、血飛沫を撒き散らす。


「ヒャハハ! どけどけぇ! 俺様の前を塞ぐんじゃねぇ!」


 騎馬の突撃は戦場の花。

 百の兵すら一息で粉砕する、最強の一撃。

 だからこそ俺様は決断した――このジリ貧の籠城戦をひっくり返すには、一撃ぶち込むしかねぇ!


「将軍様、やつら数が多すぎます!やはりこの策はやるべきでは……!」

「うるせぇな、黙って俺様に従え! 勝負はここで決めるんだよ!」

「ちょ、突っ走らないでくださいよ!」


 俺様の声に奮い立ち、ジャハン士族の五百騎は咆哮を上げた。


「ジャハン士族! 俺様に続けぇぇッ!」

「うおおおおおおおおおおお!!!」


 蹄が地を蹴る。

 五百の騎兵が一斉に咆哮を上げ、鋼の波となって突進する。

 風が頬を裂き、戦場の匂いが鼻を焦がす。

 目の前には槍の壁――それを粉砕するのが俺様の快楽だ!


「ヒャハハハッ!! まとめてぶっ殺してやるぜぇ!」


 片手でハルバードを振るい、馬上から人間どもを薙ぎ倒す。

 長柄の穂先が槍兵の列を叩き割り、血と骨が飛び散った。

 悲鳴が耳に甘美に響く。


「ギャああ!!」

「『血斧』のアク―バだ!!殺せば勲章ものだぞ!!」


 俺様の横を駆けるのは、ジャハンの精鋭どもだ。

 どいつも馬上で斧槍を自在に操る手練れ揃い。

 敵兵を馬ごと踏み潰し、轍のように血路を刻む。


「将軍! 突破しました!」

「まだだ、止まるな! そのまま押し潰せぇぇッ!」


 だが――数が多すぎる。

 突破した先に、すぐ新たな列が立ち塞がる。

 矢が雨のように降り注ぎ、背後からも軍靴が迫る。


「くそっ……! 何騎死んだ……!」

「アクーバ将軍様! これ以上は――!」


「黙れって言ってんだろがッ!前だけを見やがれ!」

 俺様は血に濡れた頬を嗤いながら振り返る。


「数がどうした! 俺様の斧で切り拓けねぇ道なんざねぇんだよ! ヒャハハハハ!」


 だが――。


「……ッ!」


 眼前に翻る旗印。

 獅子――黄金の獅子。


 その瞬間、俺様の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 よりにもよって、あの旗か。


「ッチ! 第一騎士団……! じじいの差し金か!」


 旗の向こうに広がる槍の壁は、他のどの軍勢とも違った。

 赤いサーコートに身を包んだ一糸乱れぬ足並み。槍先は寸分の揺らぎもなく、鋼の森となってこちらを押し潰してくる。

 その背後には弓兵が列を成し、間断なく矢を吐き続ける。

 そしてさらに奥、黄金の旗を中心に――あの小せぇジジイがいる。


『亜人殺し』の異名で知られる第一騎士団長 ゴドリック。


 数十年、亜人どもの屍を積み上げてきた、冷酷な老兵。

 俺様の槍働きがどれほど猛っても、この壁だけは崩せねぇ。

 それを、肌が、骨が、理解していやがる。


「ぐ、うあああッ!」

「ぎゃァッ!」


 部下どもが次々と矢に射抜かれ、槍に貫かれ、泥に叩き落とされていく。 さっきまで俺様の背後にいたはずの配下は、今や槍兵の壁に押し潰され、血に沈んでいた。味方の数は目に見えて減り、俺様の周囲はじりじりと縮まる包囲で埋め尽くされていた。


「クソッ……クソッ……!」


 俺様は必死にハルバードを振るい、血の霧を撒き散らす。

 だが、振り下ろした刃の先に待つのは、またしても槍の壁。

 突き崩せねぇ。押し返せねぇ。


 このままじゃ、俺様の首も泥に転がる。

 この俺様が、あのジジイの犬どもに食い潰される――!


 この陣形、この待ち伏せ、この包囲。

 俺様たちの突撃は、最初から奴の掌の上だった?


 ――クソ!退路がねぇ。これじゃあマグ=ホルドに帰還することもままならねぇ


「構えを崩すな! 突破するぞ! あのじじいさえ殺せば、この戦は勝てるんだよ!」


 俺様は喉が裂けるほど叫び、片手でハルバードを振るった。

 骨も鎧も、槍も盾も、軋みながら砕け散る。

 だが、いくら薙いでも、押し寄せる槍と矢は尽きることなく押し返してきやがる。


 ……死ぬ。俺様、『血斧』アクーバ=ジャハンが、ここで終わる。


(チッ……ここまでかよ)


「ヒャハハ! 来いよ人間ども! 全員ここで道連れにしてやるぜぇ!!」


 槍が迫る。

 弓の弦が鳴り、矢が一斉にこちらへと放たれる。

 馬が悲鳴を上げ、揺れる視界の中で、俺様は己の死をはっきりと覚悟した。




 ――そして、戦場の空気を切り裂く轟音が山から響いた。





 ──バルド視点──


 黒鉄の奔流が山を駆け下りる。

 スケルトン・ホースの白骨の脚が岩を蹴り砕き、蹄が火花を散らす。

 騎馬に跨るオークたちは、重い鎧を軋ませながら斜面を滑り降り、その一団は雪崩のごとき破壊の暴力と化していた。


 息が荒いのは戦士たちの馬ではない。

 生者の肉を持つ兵の肺が悲鳴を上げているだけだ。

 骨馬は疲労を知らぬ。風を裂き、大地を踏み砕き、ただ俺の命じた方向へ疾駆する。


 俺は150騎の先頭で、首無し騎士馬デュラハン・ホースに跨り、眼下の戦場を見据えた。


「……《鷹の目》」


 冷静に、たった一秒。

 視界が拓け、無数の線と点が濁流のように脳へ叩き込まれる。


 槍兵の列の密度。

 弓兵の位置。

 後方に並ぶ騎士団の配置。

 そして、黄金の獅子旗――第一騎士団の姿。


 ……包囲する敵兵は8千といったところか。


 脳が焼けるように熱を帯びる前に、俺は切り上げた。

 一秒で得た情報は十分。これまでの戦いから編み出した俊眼の技法。

 長く視れば体力を消耗し、自分自身は無防備となり戦線に加わることも出来ない。だが短く切れば、それは神速の状況掌握となる。


 俺は冷ややかに息を吐き、声を張り上げた。


「ライダー部隊!」

 騎兵の視線が一斉に俺へ向く。

「【スキル】――《騎馬突撃ランス・チャージ》を発動せよ!」


 オーク・ライダーたちが獣の如き咆哮を上げ、槍を構える。

 死馬の蹄が地を蹴り、加速が軍勢全体を飲み込む。

 雪崩は、もはや鉄の津波となった。


 その異様な光景に、下の人間どもが気づいた。


「な、なんだあれは……!」

「……剣山から、軍が下りてくるだと!?」


「オークの騎兵……!? 敵の増援です……!」

「ひ……ひぃっ! あの馬、骨だ! 骨の馬が走ってる!!」


 恐怖に濡れた声が戦場に広がり、槍の列に動揺が走った。

 それは俺にとって、最良の合図だった。


 俺はさらに手綱を握り、愛馬へ命じる。

「……首無し騎士馬デュラハン・ホース!【スキル】《恐怖の嘶き》!」


 次の瞬間、首の断面から地獄の裂け目が開いたかのような絶叫が戦場を震わせた。

 怨霊の嘶きに、人間どもの顔が青ざめる。

 槍の先が揺れ、弓の弦が緩み、熟練の騎士すらも一瞬後ずさった。


 その一瞬――。


「――全軍! 加速のまま左翼へ突撃せよ!戦列を喰いちぎれ!」


 蹄が大地を打ち鳴らす。

 黒い軍勢は風を裂き、谷を飛び越え、槍壁への横腹へと殺到した。


「うおおおおおおおおおおお!!!」

「族長に続けえええぇぇえ!!!」


 咆哮は地鳴りのごとく響き、黒鉄の軍勢は一丸となって加速を重ねる。

 稲妻のごとき突撃――。


 槍兵たちは恐怖に目を見開き、構えた列が一瞬にして揺らいだ。

 その隙を逃さず、黒い奔流は横腹を穿ち、鋼と血を撒き散らす。


「ぐああああっ!!」

「ひっ、止めろ! 止めろぉ!」

「だ、助けてええ」


 スケルトン・ホースの白骨の蹄が人間の兵士を踏み砕き、黒鎧のオーク・ライダーが槍を突き下ろす。

 盾は砕け、肉は裂け、列は押し潰される。

 恐怖に震える兵士の悲鳴と、鋼が断ち割れる音が、同時に戦場を覆った。


 雷鳴のごとき衝撃が、槍兵の横列を一気に呑み潰したのだ。

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