第25話 新生オルク=ガル
すでに日は昇り、街並みに橙の光が差し込んでいた。
だが――本来なら賑わうはずの朝の喧騒はどこにもない。
通りは静まり返り、扉も窓も固く閉ざされていた。
煙ひとつ上がらず、犬の吠え声すらしない。
ただ、遠くで鎧のきしむ音と、骨が擦れる乾いた響きだけが街を満たしている。
俺は
後ろには、オークとスケルトンの軍勢およそ600騎が列を成して後に続いている。
彼らが纏う鎧は、昨夜奪った男爵の兵舎や武器庫から持ち出したもの。
新品同然の鋼鉄が朝日を反射し、軍勢全体を異様に光り輝かせていた。
しかし、それを纏うのは血に飢えたオークと、無言の骸骨兵だ。
その整然とした行進は、生者の軍よりも遥かに恐ろしく映るだろう。
窓の隙間から、怯えた瞳がのぞく。
子を抱いた母が、必死に小声で泣き止ませようとする。市民達は、この異様な行軍が過ぎ去るのを固唾を呑んで見守ることしか出来ない。
沈黙の軍勢は我が物顔で門を目指す、その中でも、特に目を引くのは――。
骨の軍馬に跨る新たな騎兵。兵士を喰らい、新兵から進化したばかりの戦士達。その多くが「騎乗形」へと姿を変えていた。
──── STATUS ────
【種族】オーク・ライダー
【称号】《冥騎兵》
└
【スキル】騎馬突撃
└
───────
ザルグが前に進み出て、低く唸る。
「フンッ……馬を乗りこなすオークなんざ、数日前まではほんの一握りだった。
だが今や、この数だ。矢も槍も怖れぬ
テルンは口笛を鳴らし、皮肉げに笑った。
「死者の馬と、それに跨る進化オーク……敵から見ても、悪夢以外の何物でもないだろうね」
ライダーたちは骨馬を操り、街道で旋回を見せる。
砂塵を巻き上げ、きしむ骨の音が不気味に響く。
その制御は鮮やかで、すでに人間の騎士団の技量を凌駕していた。
俺はその光景を見据え、右目に漂う黒い靄を押さえながら呟いた。
「……歩兵、射手、暗殺者、そして騎兵。戦略のすべてが揃った」
陽光の下で、俺の軍は生者と死者を混在させながら、まるで一つの巨大な影となって進軍を始めた。
王国にとって未曾有の悪夢――新生オルク=ガルの誕生である。
「100のスケルトン兵はカズロス男爵領に監視と制圧のために残す。残る500騎は水上要塞マグ=ホルドへ向かう!」
俺の号令に合わせ、軍勢が一斉に蹄と足を鳴らした。
オークとスケルトンが整然と列を組み、死者の冷気を纏いながら街を後にする。
その行進は、もはや“軍”ではない――“災厄”そのものだった。
「……ようやくか。待ちくたびれたぜ」
グルが片目をぎらつかせ、肩に剣を軽く担ぎ上げる。
ザルグが大剣を抜刀し、豪快に吠える。
「クハハ! 鎧ごと叩き割ってやる! 槍も盾もまとめて粉砕だ!」
テルンは矢を一本取り出し、陽にかざして細めた目で笑う。
「楽しみだね。無防備な背中を今度は何人射れるだろう」
シャドリクは胸に手を当て、深く頭を垂れた。
「……族長の指示に従う」
俺は
刃が朝日に煌めき、軍勢全体を照らす。
「――オルク=ガルの戦士へ告ぐ」
その声は、石畳と城壁に反響し、街全体を震わせた。
「――これより我らは聖戦に赴く。これはただの戦ではない。奪われた誇りを取り戻す戦いだ。正義は我らに在る!死地で奮戦する同胞を救い、愚かなる人間どもに裁きを下せ!」
号令と同時に、オークもスケルトンも、一斉に武器を天へ突き上げる。
鉄と骨がぶつかり合い、雷鳴のような轟音が広場に轟いた。
「「ウオオオオオオッ!!」」
軍勢は地鳴りのような雄叫びで応じた。鳥が驚いたように巣から飛び立ち、窓に潜んでいた市民の心臓を凍らせる。
死と生の軍勢が一つとなり、世界に牙を剥いた瞬間だった。
♦
北方――濁流うねる大河の中洲に、その要塞は築かれた。
名を、水上要塞マグ=ホルド。
それはオーク単独の砦ではない。
かつてオークと、亜人の同胞ドワーフが互いの技術と力を注ぎ込み、二十年の歳月をかけて完成させた砦である。
前面は激流。
背後には鬱蒼たる樹海。
人も獣も容易には踏み入れぬ天然の要害。
唯一の侵入経路は、川に架けられた一条の跳ね橋のみ。
石壁は厚く、塔と監視台は死角なく配置されている。
その規模は砦の域を超え、一国の城塞に匹敵していた。
マグ=ホルド――それは亜人の団結の証であり、人間の圧政に抗する象徴であった。
だが今――その象徴は、人間の大軍に蹂躙されつつある。
「押し返せ! 橋を守り抜けぇッ!」
「人間どもを追い払え!」
砦の上で吼えるのは、オークの守備兵たち。
だが彼らの顔には疲労と焦燥が色濃く刻まれていた。
大河を越え、次々と押し寄せるのは人間の大軍。その数――約四万。
槍兵、弓兵、騎士団、さらには魔術師まで動員され、攻勢は苛烈を極めていた。
矢の雨が降り注ぎ、盾を掲げたオークが次々に崩れ落ちる。
「ぐあああっ!」
仲間の血が橋を濡らし、屍ごと濁流へと呑まれていった。
城壁の上では、必死に矢と投げ槍を射返すオークが奮戦していた。
だが敵の数は膨大であり、守りの要である跳ね橋は刻一刻と突破されようとしていた。
「ふ、踏みとどまれ! アク―バ将軍が必ず帰還する! それまで橋を渡させるな!」
兵たちの叫びは、自らを鼓舞する叫びでもあった。
すでに将軍アクーバは斧騎兵を率い、敵本陣に目掛けて最期の突撃に出た。
その行方はいまだ知れぬ。
だが、帰還を信じなければ立っていられなかった。
砦には三人の将軍がいる。
『血斧』アクーバ
『炉鳴り』ムルガン
『呪婦』シャマルク
彼らはいずれもオーク七氏族を率いる族長にして、マグ=ホルドの防衛を託された将軍であった。
そのさらに上に、『大将軍』ザガノスが君臨する。
かつて王の右腕として戦場を駆けた英雄にして、オークの心を束ねる象徴。
兵たちは今も信じていた。
「大将軍様は必ず砦を守り抜く」と。
だが現実は非情だった。
「火の魔術だ! 伏せろ!」
「くそっ、壁が焼ける!」
人間の魔術師が放つ炎の弾が着弾し、石の壁が黒煙を上げて崩れ落ちる。
矢が、槍が、火の粉が絶え間なく降り注ぎ、跳ね橋を守る兵の列は刻一刻と薄れていった。
それでも彼らは退かぬ。
なぜなら――背後にあるのはマグ=ホルド、オークの未来そのものだからだ。
「押し返せぇええ!」
「死んでも通すなああ!」
かつての団結の象徴である大要塞。
亜人たちの力を結集した誇りの砦は、今まさに炎と血に包まれ、落城寸前に追い込まれていた。
──── STATUS ────
【名前】バルド=ガル
【種族】オーク・ストラテジスト
【称号】《黒》《人喰い》《
└ 死者の肉体を辱め、操った者。あらゆる種族における禁忌。
【スキル】《指揮》《鷹の目》《
└ 死者を操ることの出来る禁忌の技術。熟練者は離れた死体すら動かすことができる。
【部隊構成】ハイ・オーク1/オーク・ソルジャー55
/オーク・アーチャー40/オーク・アサシン14/オーク・ライダー40
総部隊数500
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