第24話 死の軍勢

 ──バルド視点──


 死体の山が築かれた街の中央広間。

 松明の火が赤黒く揺れ、積み上げられた屍の影が、不気味に壁へと伸びていた。

 血の臭気と煤煙が入り混じり、吐き気を誘う空気が淀んでいる。


 俺はその広間へ、首無し騎士馬デュラハン・ホースに跨って進み入った。

  蹄が石畳を砕くたび、首の断面から洩れる嘶きが空気を震わせ、誰もが背筋を強張らせる。


 既に集結していた幹部たち――グル、ザルグ、テルン、シャドリクが一斉にこちらを振り返った。

 その表情に浮かぶのは驚愕。恐怖。そして、畏敬。


「バルド……そいつは……死の力を超越したのか……」

 グルが目を見開き、かすれた声を洩らす。

 豪胆な戦士の顔に、珍しく戸惑いが浮かんでいた。


「馬……なのか?」

 ザルグの大剣を握る手にも、わずかに力が入る。

 普段なら笑い飛ばすような状況でも、今の彼は笑わなかった。


 テルンは口元を歪め、軽口を探したが、すぐに言葉を失う。

 気障な笑みの奥にある畏れだけが、鋭く俺の乗騎を見据えていた。


 黒霧に包まれた巨躯。

 首の断面からは絶えず死の冷気が溢れ、影のように揺らめく。

 その闇から漏れる嘶きは、恐怖を音に変えて広間を支配していた。


 ただ一人、シャドリクだけが無言で跪いた。

 彼の眼には驚きよりも忠誠が宿っている。


「……男爵はこの手で始末した。これが【黄泉再宴】の力だ」


 俺は短く告げ、鞍から降りる。

 広間に積まれた死体の山を見渡す。

 兵士、馬、騎士、犬、市民――すべてが血と泥に塗れて折り重なり、呻き一つ洩らさぬ沈黙の群れと化している。


 俺の右目には、先ほどと同様に黒い靄が絶えず漂い続けていた。

 それは屍山をより濃く、不気味に、黄泉の国のように映している。


「この街の防衛は完全に崩壊した。……次は、この死体をどう使うか、だ」


 俺の言葉に、幹部たちの顔が引き締まる。

 この戦はただの略奪では終わらない。

 死を資源とし、新たな力にする――その意味を、彼らは直感していた。


「――死者を、軍勢に変える」


 俺の声が広間に落ちると、血に濡れた空気そのものが凍り付くように静まり返った。


 屍山から兵士の死体を一つ引きずり出す。

 まだ温もりが残り、肉が血に濡れていた。

 だが――これは使えぬ。


「聞け。肉の残ったままの死体を蘇らせれば《グール》となる。だが奴らは鈍重で、戦列を崩す」

 俺は振り返り、幹部らに命じた。

「兵士の肉塊は未進化のオークに食わせろ。余った肉は削ぎ落とし、保存食にするか燃やせ。骨だけにしろ」


 グルが目を細めて頷き、ザルグは諦めたように声を上げる。

「死体を糧に軍勢を作る、か……族長あんた最高にイカレてるな」


 シャドリクは黙って動き、死体を解体する段取りを始めた。

 テルンは眉をひそめたが、すぐに笑みに戻し、矢羽根を弄びながら言った。

「……効率的だ。オークを進化させつつ、死者の軍勢を作る。まったく余すところがない。おぞましいが、実に理にかなっているよ」


 俺は再び視線を死体に落とす。

 肉を削がれた骨が、夜風に晒されて冷たく光っていた。


「……これなら使える」


 掌を掲げ、右目に疼く黒い靄を意識する。

 脳裏に残る【黄泉再宴】の術式が、血のように溢れ出した。

 魔力を編み、細い糸を紡ぎ出す。


 血と臓腑に塗れた広間に、火の粉がはぜていた。

 俺はその中心に立ち、掌から血管を垂らす。


――ズズ……ズブリ


 肉を削がれた兵の骨に糸が絡みつき、髄を侵食する。

 胸郭の奥で疑似的な鼓動が鳴り、空洞の眼窩に黒い燐光が灯る。


 ぎしり、と骸骨が立ち上がった。

 錆びた剣を握り、割れた盾を構え、静かに俺へと膝を折る。


 その瞬間、視界の隅に黒い光文字が浮かび上がった。



 ──── STATUS ────


【種族】骨兵スケルトン


【称号】傀儡

└ 術者バルドにより操作された状態

【スキル】不死の躯

 └ 斬撃・刺突に強い。炎と聖属性の攻撃に弱い。


────────


  黒光を宿した瞳窩が俺を映す。

 その無機質な眼差しに、だが確かに「従属」の意志が刻まれていた。


 広間に沈黙が落ちる。

 ザルグですら口を閉ざし、グルの片目は怪訝に細められ、テルンの笑みは凍り付いていた。

 ただ、シャドリクだけが無言で頷いた。


「……これを、一体ずつ積み上げる」


 俺は淡々と告げ、再び糸を垂らす。

 骨を蘇らせ、兵を作り、軍を築く。


 数分の後――。

 骨兵スケルトン骨馬スケルトン・ホースたちが次々と立ち上がり、やがて整然と列を成した。

 鎧の錆も、折れた剣もそのままに。

 だが彼らの瞳窩に燃える黒い光だけが、異様な統一感を放っていた。


「族長……こいつは……」

 グルが言葉を失う。


「死の軍勢だ。だが今は、我が指揮下にある」


  俺の言葉に応じ、スケルトンの軍勢がぎしりと音を立てて一斉に敬礼した。その動きは、生前の人間どもよりも遥かに整然としていた。


「マジかよ……」

 ザルグがごくりと唾を飲む。


 俺は顎を上げ、命じた。


「――街を包囲せよ」


 骸骨の兵たちは一斉に踵を返し、ぎしぎしと音を立てながら広間を後にする。

 やがて大通りを抜け、四方へ散り、街を取り囲むように展開していった。


 闇の中、松明の灯りも持たぬ骸骨たちが、ただ黒い光を目に宿し、無言で包囲の輪を狭めていく。その光景を窓越しに見た住民は、青ざめた顔で震えた。

 誰も声を上げない。

 ただ、手を伸ばして窓を閉じ、板を打ち付け、固く固く外界を遮断した。


 子どもが小さな声で泣き出す。

 その口を母親が慌てて塞ぎ、必死に静める。

 窓の隙間から覗く骸骨の影と目が合えば、それだけで命を奪われる――そう直感したからだ。


 その光景は――息を止めた死者の街の具現だった。


「壮観だな」


 俺の右目に疼く黒い穢れと死の世界は消えない。

 むしろ軍勢が増すほどに、その濃さを増し、現世とあの世の境界が曖昧となる。


 だが――それでいい。

 俺はこの力を使い、仲間を守り、敵を滅ぼす。

 死者を兵とし、生者を勝利へ導く。


「……これが死を超越した軍勢だ。手の空いた者は武器庫と兵舎を抑えろ!武器や防具は根こそぎ奪え!」


 低く呟くと、黒靄が俺の右目の奥で揺らめいた。

 あたかも黄泉そのものが笑っているかのように。

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