第20話 突入戦
──オーク側・片目のグル視点──
――轟音。
分厚い扉がオレの蹴りで粉々に砕け散った。
木片が赤い絨毯に突き刺さり、壁に掛かってた高そうな絵が宙を舞って、派手に床に叩きつけられる。
館の中は薄暗ぇ。燭台の火は吹き消され、残った炎がちっぽけに震えて影を揺らす。
湿った石の匂い、生温ぇ空気。鼻にまとわりつく人間の不快な臭いが押し寄せてきやがった。
「よぉ……邪魔すんぜ」
オレが声を吐いた瞬間、背後のソルジャー達が木片を踏みつぶして進軍する。
石床が揺れる。牙を剥き、笑いながら雪崩れ込む。
「て、敵だ! 迎え撃て!」
「オークだ! 陣形を整えろ!」
三十ばかしの兵が盾を並べた。だが廊下は狭すぎる。
列は乱れ、槍もまともに上げられねぇ。
息が荒く、足は震え、後ろの奴らの目は泳いでやがる。
室内戦なら個々の実力を生かせるオークに軍配があると見た。
「どけェ!」
オレの剣がひとりの喉を裂いた。血が噴き出し、悲鳴が石壁に跳ね返って耳を打つ。
「フンッ!」
横でザルグの大剣が閃いた。盾ごと兵を壁に叩き潰し、骨の砕ける音が鳴る。
血が燭火に照らされ、真紅に光る。ザルグの豪快な笑い声が館を揺らした。
「ハハハ! これが館の守りか! 笑わせる!」
その一撃の重さに兵どもの顔が一気に青ざめる。
逆にオーク達は血が沸き立つように吠えた。咆哮が波のように広がり、館の壁が震えた。
(相変わらずだな、ザルグ……狭ぇ廊下で大剣を振り回せる奴なんざ他にいねぇ)
「ひ、ひぃッ! 手練れが二体いるぞ!」
「クソ!眼帯と大剣持ちは何なんだ!」
怯え声が走るが、一人の隊長格が必死に叫ぶ。
「怯むなッ! 俺に続け!」
ザルグに突っ込んでく。盾と大剣がぶつかり、火花が散る。
だがオークと力比べになった時点で終わりだ。
ザルグが押し潰し、盾ごと床に叩き伏せた。
「ハッ! 藁束でも斬ってるみてぇだ!」
横薙ぎの一撃で二人まとめてぶった切る。肉も骨も紙みてぇに砕け、血飛沫が絵画を赤黒く汚した。
絶叫が廊下に反響し、恐怖を何倍にもして返してくる。
「眼帯野郎は死角を狙え!」
オレに向けられた刃。胸の奥で、一瞬ざわめきが教えてくれる。――ハイ・オークのスキル《戦闘直感》だ。
(来るッ! 右!)
反射で死角の剣を跳ね上げ、迫った刃を逸らす。返す刃で敵の首を切り飛ばした。
頭が絨毯を転がり、目だけが恐怖に見開かれて火に照らされてやがる。
「……手応えがねぇ」
吐き捨てた声が、自分でも驚くほど冷たく響いた。
(レーウェンの丘の騎士団に比べりゃ、子供の遊びだ。バルドの策と進化があって、ようやく退けたあの連中に比べりゃ……こいつらは)
血で重くなった剣を振り払い、オレは笑った。
(オレ達だけで十分抑えられる!)
「押し込め! 壁際に追い詰めろ! 逃がすんじゃねぇ!」
オレの怒号が廊下を駆け抜ける。仲間たちが即座に応じる。
鎧を鳴らし、牙を剥き、一斉に押し進む。まるで一つの生き物のようだ。
(指揮だってなんだってやってやる!……バルドの戦場での采配を、オレはずっと見てきた。あの眼と声を、誰よりも近くで聞いてきたんだ。)
「ソルジャー隊、押し上げろ! 背後は絶対守れ!」
「応!」
バラバラに見えても命令は通る。
錆びた斧も刃毀れした剣も、血を浴びた瞬間に戦士の武器になる。
戦場を潜った勘で呼吸を本能で合わせる――それがオークだ。
「二階へ逃がすな! 階段を塞げ!」
命令に応じ、仲間が獣みてぇな足音を響かせて駆け上がる。
槍を構える兵が数人いたが、突進に押し潰され、踊り場ごと血の海に沈んだ。
「ひ、ひぃ……退路が塞がれた!」
「階上はもう駄目だ! ここで止めろ!」
最後の抵抗に盾を並べる兵。だが槍先は揺れ、声は震えていた。
隙を突き、仲間が二人がかりで一人を潰す。斧が喉を裂き、槍が鎧を貫く。血が飛び散り、壁をまだらに染めた。
「ザルグ、一緒に来い! 歩兵が抑えてる間に男爵を仕留める!」
「わかってる!」
足元は血と屍で酷い有様だ。血と鉄の臭気が鼻を焼く。
それでもオレは駆ける。
角を曲がった瞬間――胸の奥で再度ざわめき。《戦闘直感》が叫んだ。
(来る!)
壁の陰から槍が振り下ろされる。灯火を裂き、頭を狙って繰り出される。
反射で体をひねる。肩に熱い痛みが走ったが、致命は避けた。
「チッ! 危ねぇッなぁ!」
驚愕に目を見開く兵士。その首を、オレの刃が一閃で飛ばした。
血が壁を濡らし、影をまだらに染める。
「グル! 無事か!」
ザルグが大剣を振るう手を止めて叫ぶ。
「ああ、問題ねぇ!」
オレは吐き捨て、肩をぐっと回す。血は滲むが、動きにゃ支障はねぇ。
胸のざわめきは消えていた。危機は去った。
――《戦闘直感》があるからこそ、片目のオレでもまだ生きてる。
(そうだ……オレはバルドに、この戦場を任されたんだ。右腕として、こんな所でくたばるわけにゃいかねぇ)
血濡れの剣を握り直し、暗闇の奥へ駆け込む。
戦いの音が遠ざかり、館の奥は闇に沈む。
「増援が来るまでが勝負だ!男爵の首を頂く!」
その闇を切り裂くのは、仲間の咆哮と、オレの心臓の鼓動だけだった。
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