第10話 人喰い

 ──オーク側──


夜の中央砦は、重く沈んでいた。

 月明かりが砦の石壁を冷たく照らし、風が吹き抜けるたびに血と煙の匂いが鼻を刺す。中庭の中央には、昼間の戦闘で東塔に侵攻し、壮絶な最期を遂げた人間兵士たちの焼死体が並べられていた。

 その前に立つのは、奇襲部隊に選ばれた五十名のオーク。そして、その先頭にバルド。


 バルドはゆっくりと前に出て、冷静な声で言った。

。これは弔いの儀と何ら変わらん。優れた戦士たちの力を継げ。俺がスログにしたようにな。……それが俺達オークが生き延びる唯一の手段だ」


 ざわめきが起こる。

 誰もが理解していた。言葉の意味を、そして実行することへの抵抗を。


「おいおい! まさか人間を喰えってのか!?」

「ご先祖様の時代じゃねぇんだぞ! そんなこと……」

「オレはやらねぇぞ!こんなの馬鹿げている」


 だがバルドは一歩も引かない。


「貴様ら、今の戦力差を分かっているのか? こちらは満足に戦えるのは百名。相手は未だその十倍はいる。奇襲とはいえ、それを覆すには力がいる。死にたいなら好きにしろ……その時は、お前らの肉も俺が喰らってやる」


 沈黙が落ちた。

 重苦しい空気を破ったのは、グルだった。


 灰色の瞳をぎらつかせた片目のオークが、一歩前に出る。

「……バルド。お前の言う通りだ。俺達は生き延びなきゃならねぇ。ここで立ち止まってるのは違ぇよな」

 グルはためらいなく、焼け焦げた兵士の胸を裂き、肉片を口に運んだ。血の匂いが中庭に充満する。


 その瞬間、グルの身体が震えた。

 筋肉が膨張し、骨が軋む音が響く。皮膚の色は灰色を帯び、全身を覆う剛毛が生えてくる。身長はさらに一回り増し、その背からは圧倒的な威圧感が放たれた。


 【スキル獲得:戦闘直感】

 【種族進化:ハイ・オーク】


 ――ハイ・オーク。灰色の剛毛に覆われ、筋力・知力・速度のバランスを兼ね備えるオークの戦士。並の戦士では相手にならぬ剛力を持つ。


 仲間たちが息を呑む。

 恐怖と羨望とが入り混じった視線がグルに注がれた。


グルは深い息を吐くと、ゆっくりと振り返り、仲間たちを見渡した。


「ハイ・オークになった……俺はもう、ただのオークじゃねぇ」


周囲のオークたちも、変化を感じてざわめいた。


「……悪くねぇな」

 グルは低く笑い、己の拳を握り締めた。その握力だけで鉄兜すら潰せそうだった。


 その光景が、他のオーク達のためらいを打ち砕く。


「ああクソ!……やるしかねぇ」

「力が……欲しい」

「死ぬくらいなら、喰ってやる!」


 次々に死体へと歩み寄り、肉を裂き、血を啜る音が夜に満ちた。

 そのたびに――


【スキル獲得:隠密】

【種族進化:オーク・アサシン】


 痩せた4体のオークの気配が消えた。筋肉はしなやかに締まり、皮膚は闇に溶けるような鈍い色へ変わる。

 瞳は獲物を狙う捕食者となり、足音は意識しても判別すら難しい。

 腰に差した短剣が自然と馴染み、全身が「殺しのための器」と化す。


【スキル獲得:剣術】

【種族進化:オーク・ソルジャー】


 厚い胸板を持つ25体が進化を遂げた。

 鎧のような筋肉が甲冑を押し広げ、背は一回り高くなり、手には騎士たちから奪った剣が自然と収まる。

 振るうだけで風を裂くその剛剣は、敵陣を粉砕するための象徴となるだろう。


【スキル獲得:弓術】

【種族進化:オーク・アーチャー】


 視線の鋭い20体は、五感が強化され、指先の感覚が研ぎ澄まされる。

 耳は風切り音を拾い、瞳は百歩先の影を捉える。

 彼らの矢は、敵が気づく前に命を奪うだろう。


 進化は連鎖し、火花のように中庭を走った。

 肉を喰らい、力を得たオークたちの姿は、先程までの同族とは別物だった。


 そして、最後に――


 バルドは、ひときわ黒く焦げた兵士の胸部から、まだ熱を帯びた心臓を掴み出す。

 ためらいなく噛み砕き、喉へと送り込んだ。


【スキル獲得:鷹の目】

【進化条件達成:百人隊長の魂、戦術で勝利】

【種族進化:オーク・ストラテジスト】


 深みを帯びた漆黒の肌が、月光を吸い込むように変化する。

 筋肉はさらに引き締まり、無駄のない線を描く。力を宿した瞳に、ひと筋の黄金の光が静かに走る。

 ――鷹の目。大空を舞う鷹のように、俯瞰視点で遠くの敵陣形やわずかな動きをも読み取る。古の時代、オークの軍師だけが持った魔眼。


 中庭の全員が、その視線を本能的に恐れた。


「……これで、千の兵も恐るるに足らん」

 バルドの声は冷たいが、その奥には確信があった。


 五十名の奇襲部隊は、もはやただのオークではない。

 ハイ・オーク、アサシン、ソルジャー、アーチャー、そしてオーク・ストラテジスト。

 多様な力が揃い、全員の眼に、獲物を狩る獣の輝きが宿っていた。


 血の儀は終わり、静寂が中庭を包む。

 だが、それは嵐の前の沈黙だった。


彼らは互いの変化を目の当たりにし、戸惑いながらも自身の肉体と精神が強化される感覚に酔いしれていた。


バルドは一歩前に進み、再び声を発する。


「これからの戦いは、ただ力を振るうだけでは勝てん。勝てる戦場をつくり、勝てる形で戦う。それを可能にするのが、我々だけが持つ力……進化だ」


「覚悟はいいか?」


オークたちは渾身の咆哮をあげた。


「俺たちは生き延びる。奴らの数が多くとも、俺たちは進化した戦士だ」


闇夜に響く声は、決して消えることのない熱情を宿していた。


バルドはその声に応えるように視線を鋭くした。


「征くぞ。次の戦場は、レーウェン丘だ!」


月光が彼らの身体を一層鮮やかに照らす。進化したオークたちは新たな力を手にし、未来へと歩を進めていった。       





──── STATUS ────


【名前】バルド


【種族】オーク・リーダー→オーク・ストラテジスト


【称号】《黒》《人喰い》

└ 人を喰った者。人類圏で討伐対象となる。


【スキル】《指揮》《鷹の目》 

└ 魔眼。 俯瞰視点により、戦場を一望できる。


【所持品】儀礼刀/火の弓/油壺/布包帯  


【部隊構成】ハイ・オーク1/オーク・ソルジャー25

/オーク・アーチャー20/オーク・アサシン4 


◇ オーク・ストラテジスト 

└古の時代に存在したオーク諸侯の軍師。飛びぬけた知性と魔眼を持つ。この魔物に率いられたオークは荒くれ者から軍隊へと変わるため非常に恐れられている。 ゲームには登場しない。                                    

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