第2話-2 魔王と女神と温泉と

こんな微妙な魔王様だから、現世でこんな事になってるんじゃないかな。


「あー、とりあえず事情、説明して良い?」


苦笑いを浮かべながら、手短に現状を説明する。

宮下くん(魔王ver.)の顔色が……思ったより変わらず、最終的には手をぽん、と打ち鳴らした。


「おおよそ理解した。小娘、お前勇者だったのか」


困難でも一応、魔王様なのね。肝が座ってらっしゃる。


「では、我もある程度偽装が必要になることもあろう。この小僧の名をなんという?」


心臓が跳ね上がる。


「えっと……宮下、遥斗くん、です……」

「何を顔を赤らめておるのだ?」


宮下くん(魔王ver.)の眉が片方上がる。


「べ、別になんでも……」

「ほほう、さてはお前、惚れておるな?」


宮下くん(魔王ver.)は不敵な笑みをその端正な顔に浮かべた。


……もう、宮下くん(魔王ver.)は「宮下魔王」でいいや。


それにしても、ああ、迫力がすごい。


「ふふふ、これは勇者の弱み、言わば弁慶の泣き所……!」


高笑いを上げようとした宮下魔王の口を急いで塞ぐ。


「う、うるさい……! と言うかなんでお前弁慶知ってんの?」


モゴモゴ言いながらも魔王の目は、意地悪く垂れ下がっている。

ああ、いい匂い……中身魔王なのに……。


咄嗟に手を離す。ニヤニヤ顔で、


「お前、現世の名はなんという?」


ああ、確かにまだ言ってなかったな。


「ああ、油井璃富だよ」

「ほぅ……名前が思いっきり前世に引っ張られておるではないか」

「そんなはず……」


油井璃富……“ゆい・りと”、ユークリッド……あ。


「ホントだ……」


手がぶるぶる震え、膝がガクッと崩れた。


「大げさな……流石に鈍感すぎではないか?」


呆れるを通り越して哀れっぽく見つめてくる、宮下くん(魔王ver.)。

これが本当に宮下くんなら……。


「あー、もう全部女神のせいだ!!」

「あの女、どうも人を弄ぶ悪癖があるからな。いけ好かない」


宮下魔王は肩をすくめた。

……まあ、前世でも女神のやることは割と酷かった。


あれは『魔界大将軍』の討伐前日。


「勇者よ、聴こえていますか……」

「聴こえてるけどさ……」


夢の中ですけど。


「明日のために寝たいんだけど」

「緊急なのです」


女神はいつになく真剣な眼差しで、顔を覗き込んでくる。


「そなたに尋ねます……概ね曇っていて時々晴れて、食べ物が美味しくてお酒もいける温泉地はどこですか?」


……はい?


「ですから、概ね――」

「そこじゃないです」


繰り返そうとする女神に、私は言葉をピシャリと遮る。


「なんで大事な日の前夜にそんな事で眠りを妨げるのかってことです」

「そんな事って……何を言っているのですか? 今年の神総会の幹事になってしまったのですよ、私?」


女神の“神々しさ”に一瞬目を奪われるけど、言ってることがバカすぎてついていけない。


「皆、人任せだからって好き勝手言ってきて」


いや、それブーメランだからね?

あと全神総会とか聞いたことないから!


「クライザーは曇ってないとだめだし、他にも要望が多すぎるんですよ!」


女神は切れ長ながら大きな瞳を釣り上げる。

いつもなら慈愛に満ちた目の奥で、怒りが燃えていた。


「えー……知りませんよ、神界のことなんて」

「いいんです、人間界の情報で。似たようなとこ探しますから」


彼女は誇らしげに胸を張る。


「とりあえず温泉のある高い山行っときゃいいじゃないですか。晴れが良ければ雲の上まで登ってもらえば」

「……なるほど」


紙とペンをぽん、と魔法で出し、女神はメモを取る。……それぐらい覚えなよ。


「勇者よ、感謝します」


優雅に微笑み、一礼。今別に世界、救ってないからね。

その姿がすっと消え、静寂が訪れる。


「やれやれ……」

「あともう一つ! 腹踊りとサーペント掬いどっちがいいですかね!?」

「知りませんよ!!」


とまあ、私は『魔界大将軍』との戦いの朝に見事に寝坊し、さらに戦闘中に居眠りをこくという醜態を晒したのだ。


……エレーリアには怒られ、タンク役には心配され――魔道士には爆笑された。

あいつ、笑いすぎて魔力暴走して、『ファイア・ボール』を連発しすぎて、辺り一帯灰にしてた(この魔法、魔素の消費が少ないので、ガトリング状態)。


大将軍より恐ろしいかもしれない。


「……あの戦闘は我が大将軍が強大だったというより、お前たちの戦力が削がれていたのか……」


宮下魔王、ちょっとしょんぼりしてる。

分かるよ、その気持ち。


「うん。どれもこれも女神が悪い」

「そういうのを自滅というのか?」


……痛い。正論すぎて反論できない。

女神のせいって言ったけど、まあ、半分くらい私が悪い。


まあ、もう過ぎた話だ。


「それにしても、こちらの世界は魔素が薄いな」


偉そうに足を組みながら、宮下魔王が呟く。


「これでは我が強大なる力を矮小な人類に見せしめられんではないか」


いや、使えない事はない。お前の魔法が燃費悪いのばっかりなだけだ。

あの名前が新月的なやつとか。


「ふん、今世はつまらんな」

「まあ、この世界は腕力じゃないからね」


私も首を竦める。


「ほぅ……その物言い、別の方法で世界を支配できると」


再び宮下魔王の目に鋭い光が宿る。

……まずったかなぁ……。


「ん、まあ? 無くもないんじゃ、ないかなぁ」


目が泳いでしまう。魔王言えども一市民だし、大丈夫、かな。

自分に言い聞かせる。


「まあよい、後で書物でも読み解くとしよう」


つまらなそうに宮下魔王は鼻を鳴らした。宮下くんも読書、好きだもんね。


そもそも私達が仲良くなったのも、本の話題からだった。

休み時間に机の上に出しておいた本を見て、


「あ、これ面白いよね」


と声をかけてきてくれたのだ。

正直、それまではイケメンバレー部エースなんて雲の上の存在、私みたいな地べたを舐める者には関係ない、と思っていた。


でも話したら本当に気さくで、気取ったところもない。

……生まれて初めてだった。こんなにふわふわしたのは。


休み時間が終わる頃には、すっかり心奪われてしまった、というわけだ。


「久々に会話というものをした。疲れたので休むぞ」

「え?」


返事を返す間もなく、魔王は布団に横になった。すぐに寝息を立てる。


自由人め……あれ、魔王は人じゃないか?


それにしても、宮下くんの寝顔なんてめったに見られるもんじゃない。

私は椅子に浅くかけ直す。

まつ毛長……肌とか綺麗だし。おでこに小さなニキビ――それすら、目を奪われてしまう。


「あれ……油井さん?」


さっきまでの様子が嘘のように、穏やかな声が聞こえた。

でもその目には、戸惑いの色が浮かんでいる。


――やっぱり、記憶がないのか。


「僕、面倒かけちゃったかな?」

「いや、そんな事ないよ」


どちらかと言うと、私が巻き込んでるのかな、この場合。

でも私が前世を思い出してなくても魔王は覚醒してた訳で……ああ、思考が異世界だよ。


「それはよかったけど、保健室まで連れてきてくれたんだね、ありがとう」


丁寧にお時期までしてくれた。

まさか担いできました、とは言えまい。

ふと彼の顔に影がさして、ふっと息を付く。


「最近、記憶がなくなることがあってね……」


え、きょう初覚醒じゃないの? それなのに異世界に来てること気が付かなかったの?


でも弁慶は知ってるんだ。よくわかんないなあ。


……なんというか、おめでたいなぁ、トワイライト様。


「病院にも言ったんだけど、結局原因も分からなくて」


そりゃそうだ。転生だもん。 


などと言えるはずもなく。

私は口の中で言葉を転がした。


「先生はストレスだって言うけど、思い当たる節もなくて」

「そ、そっか〜」


汗をダラダラ書きながら、私は目を泳がせる。


もう大丈夫、という宮下くんとともに、教室に戻る。


行きは手を繋いだり持ち上げたりしていたけど、返りは私が半歩、距離を取って歩く。


少し手が涼しく感じる。

それでも優しい笑顔で話しかけてくれる宮下くん。


教室に戻った後、授業は相変わらずてんてこ舞いだった。


「ほう……なかなか肝が座ってきたか」


シャーペンの声がちょっとうるさかったけど、気にしないで済む程度には、落ち着いて受けられた。


宮下くんの隣だったからかも……なんてね。

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転生元勇者、魔王と隣席になる。  〜というかパーティ全員転生してきたんですけど〜 ひつじ堂(HITSUJI-DO) @hitsujido

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