第23話:白門楼、決別の終焉
下邳の城が落ち、呂布は鎖に繋がれ、曹操の本陣へと引き立てられていった。その道中、呂布はただただ、泣き続けていた。彼女の瞳は虚ろで、かつて宿っていた「正義」の光は、もうどこにも見当たらない。
「なぜ…どうして…」
純粋に信じていた「みんなの笑顔」は、裏切りと絶望によって、踏みにじられた。董卓も、王允も、そして劉備までもが、彼女の「正義」を理解してくれなかった。いや、理解しようとしてくれた劉備を、彼女は守れなかったのだ。呂布は、もう二度と、誰も信じることはできないと、幼い心で決意していた。
曹操の本陣に到着すると、呂布は白門楼(はくもんろう)と呼ばれる高楼へと連れて行かれた。そこには、すでに捕らえられた劉備、関羽、張飛の姿があった。劉備は、呂布の傷ついた姿を見て、悲しげに顔を歪ませた。
「呂布殿…」
劉備の声が、呂布の心にわずかに響いた。しかし、呂布は劉備の方を見ることはできなかった。彼女にとって、劉備もまた、守り切れなかった人であり、そして裏切りの原因の一つでもあったからだ。
曹操は、高楼の上から、鎖に繋がれた呂布を見下ろしていた。
「呂布よ、わしに降伏すれば、命だけは助けてやろう。わしのもとで、天下統一の剣とならぬか?」
曹操の言葉は、かつて董卓が呂布にかけた言葉と、全く同じだった。彼もまた、呂布の力を「道具」としてしか見ていないのだ。
呂布は、力なく首を振った。
「いやだ…もう、誰も信じない。誰の剣にも、ならない…!」
呂布の心には、もう何も残されていなかった。彼女の「正義」は、裏切りによって完全に砕け散り、その代わりに、深い孤独と絶望だけが残っていた。
その様子を、劉備が静かに見ていた。そして、彼は曹操に懇願した。
「曹操殿、どうか呂布殿の命だけは…! 彼女は、ただ純粋な心で、民を救いたいと願っていただけなのです!」
劉備の言葉に、曹操は冷酷な笑みを浮かべた。
「ほう…だが、この娘は、主を次々と裏切ってきた。董卓を殺し、そして今、お前を裏切ろうとした。いつか、わしも裏切るやもしれぬ。そのような危険な者は、生かしておくわけにはいかぬ」
曹操の言葉は、呂布のこれまでの行いを、残酷なまでに言い当てていた。
呂布は、劉備の言葉を聞きながら、心の中で叫んでいた。
(違う…劉備様…っ、私は、あなたを守りたかった…!)
しかし、その思いは言葉にならなかった。彼女の「正義」は、誰にも理解されないまま、終わろうとしていた。
曹操は、家臣たちに命じた。
「呂布を、斬首せよ」
その言葉に、呂布は目を見開いた。彼女は、まだ死にたくなかった。まだ、誰も悲しませない「平和」を、自分の目で見たかった。
「いやだ…! 死にたくない…!」
呂布の幼い叫びが、白門楼に響き渡った。しかし、誰もその叫びを聞き入れなかった。彼女の目の前には、処刑人が立っている。
その瞬間、呂布の脳裏に、これまでの記憶が、走馬灯のように蘇った。故郷の村、古老の優しい言葉、董卓との出会い、貂蝉の笑顔、そして劉備の温かい手。
(みんな…みんなの笑顔…)
呂布は、もう一度、心の中で、あの純粋な願いを唱えた。その時、彼女の胸元で、光を失っていた「希望の星」の瓶が、ちりり…と、かすかに音を立てたような気がした。
それは、本当に一瞬の出来事だった。
呂布は、誰にも理解されないまま、孤独な最期を迎えた。彼女の物語は、この白門楼の地で、悲劇的な幕を下ろしたのだった。
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