第8話:曹操との対峙

虎牢関での激戦の後、連合軍は一時撤退を余儀なくされた。呂布の圧倒的な武力は、連合軍に深い衝撃を与えた。しかし、呂布の心は晴れなかった。勝利の裏で見た兵士たちの苦痛に満ちた顔が、脳裏から離れない。本当にこれで、皆が笑顔になれるのだろうか? 彼女の純粋な「正義」は、その答えを見つけられずにいた。


そんな中、連合軍の中でただ一人、冷静な眼差しで呂布の戦いぶりを見つめていた者がいた。彼の名は、曹操(そうそう)。乱世の奸雄と後に呼ばれることになる男だ。彼は、呂布の武力だけでなく、その動きの中に微かな迷いがあることを見抜いていた。


数日後、連合軍は態勢を立て直し、再び虎牢関へと攻め寄せてきた。今回の連合軍の先鋒は、曹操が率いていた。董卓は呂布に、再び迎撃を命じる。呂布は方天画戟を手に、重い足取りで戦場へと向かった。彼女の心には、戦うことへの疑問が、拭い去れない影を落としていた。


戦場の中央で、呂布と曹操は対峙した。曹操は馬に跨り、冷静な眼差しで呂布を見つめている。彼の周りには、夏侯惇(かこうとん)や夏侯淵(かこうえん)といった勇猛な武将たちが控えていた。

「お主が、件の鬼神の娘か」

曹操の声は、静かでありながらも、確かな威厳を帯びていた。呂布は槍を構え、警戒する。

「…私は、呂布!」

呂布の返答に、曹操は小さく頷いた。

「確かに強い。その武力、天下無双と称されるにふさわしい。だがな、呂布よ」

曹操はそう言って、呂布の揺れる瞳を真っ直ぐに見つめた。

「お主のしていることは、正義ではない」


その言葉は、呂布の心を深く抉った。自分が最も気にしていたこと。最も知りたかった答え。それを、目の前の敵である曹操が、何の躊躇もなく言い放ったのだ。

「な、何を…! 私は、董卓様のために、皆のために戦っている! これは、乱世を終わらせるための戦いなの!」

呂布は必死に反論した。しかし、その声は、自分自身に言い聞かせているかのようだった。


曹操は、冷徹なまでに真実を突きつけた。

「董卓は、権力に溺れ、民を苦しめている。彼のために戦うことが、どうして『正義』だと言える? お主のその純粋な力は、悪に利用されているだけだ。それは、お主が本当に願う『みんなの笑顔』には繋がらぬ道だ」

曹操の言葉は、まるで鋭い剣のように、呂布の心に突き刺さった。彼の目は、呂布の心の奥底に潜む迷いを、正確に見抜いていた。


呂布は反論の言葉を見つけられなかった。自分の信じていた「正義」が、目の前の男によって、完全に否定されたのだ。彼女の頭の中には、董卓の優しい言葉と、彼の残虐な行い。そして、献帝の悲しむ顔が、走馬灯のように駆け巡っていた。


その隙を狙って、曹操軍の武将たちが呂布に襲いかかった。呂布は無意識のうちに方天画戟を振るい、彼らを退ける。彼女の体は戦っていたが、心は深く揺れ動いていた。


曹操は、それ以上は追撃せず、静かに馬を引いた。

「いずれ、お主は知るだろう。真の正義が、どこにあるのかをな」

その言葉を残し、曹操は去っていった。


虎牢関の戦いは、再び膠着状態に陥った。しかし、呂布の心の中では、大きな変化が起こっていた。曹操の言葉は、彼女の心に決定的な亀裂を入れた。彼女の「正義」とは何か。誰を信じればいいのか。その問いの答えは、まだ見つからない。だが、彼女は、これまで盲目的に信じてきた董卓への忠誠心に、初めて深く、そして決定的な疑念を抱くことになったのだ。乱世の渦は、幼い呂布を、さらに深い混沌へと引きずり込もうとしていた。

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