第三十四話 女子旅の記録

 この女子旅の最終目的地は魔王城である。フィオナから聞いた魔王城の場所は、この大陸北側から海を越えた更に先の孤島に位置している。地図上で見るとこの国からほぼ真上に一直線。けれど当時旅立ったフィオナたちは前情報が少なく、各地を巡りながら魔王城への手掛かりを探し回ったという。


 大変だったことは道中の移動に時間が掛かったことらしい。船旅は天候に左右されるので航路変更で日程が変わるのはしょうがない。この大陸から出る時にも、港町へ着いたばかりだったが船員を呼び戻す為、来た道を引き返している。

 一番酷かったのが、隣の大陸で運河の入り口を開けるのに必要な魔具が壊れていた時の話。その魔具の修理をしていた人たちから足りない部品を取りに行って欲しいと頼まれたけど、その場所は数ヶ月前に立ち寄ってきた場所だった。転移魔法を誰も使えないから、運河を渡るためにも同じくらいの日数をかけて部品を取りに行ってきたそうだ。

 

 先へ進むためにあっちこっちを行ったり来たりしながら魔物と戦い、いくつもの村や街を救った勇者たち。その苦労は壮絶なもので、話を聞いてものすごくやりきれなかった。

 そんな過酷な旅の末魔王城へたどり着き、魔王を倒して世界に平和を取り戻したなんて、まさに一大快挙だ。


 ――フィオナは頑張ったんだから幸せにならないと。魔王城へまた向かうけど、今度は辛いことは極力避けて、楽しいって思える旅にしてあげたいな。それからフィオナを苦しめた魔王の闇、残っている分も必ず全部消滅させてやる。そして絶対ユーフィルと一緒に帰るんだ。 

 その為なら私、全力出して戦ってもいいよね。




 隣の大陸への運航船は南の港町からしか出ていない。私たち三人はミーデエルナ東区の城門から港町行きの乗り合い馬車に乗り込む。既に10人ほど乗っていた。

 同じ馬車の乗客たちがフィオナに気付き、「聖女様が何故乗り合い馬車に!?」と、ざわつかれる。なので療養中の聖女様は凄く強い守り手と共に今日から静養の旅に出ることを丁寧に教えてあげた。皆さん納得され、その後は感謝を述べる者、拝みだす者、見惚れる者など様々な反応。注目の的であるフィオナは嫌な顔せずずっと笑顔で対応していた。魔王を倒し、世界に平和をもたらした英雄の一人である聖女がこんな間近に出現したら誰でも驚くよね。私とメーリックはフィオナを真ん中にして座り、たまたま近くに座っていた港町へ帰るという親子連れから名物や宿の話なんかをたくさん聞いた。

 楽しい女子旅には事前計画と情報収集は必須だよって教えて貰ってたからね。レオさんから。


 初めて乗った馬車のスピードは想像以上に速かったけど、作りが頑丈なのか揺れはさして気にならない。途中の宿場で昼休憩が取られ、そこは停留所でもあり、再び馬車が走り出した際には数名ほど乗客の顔ぶれが変わっていた。その数名がフィオナに気付いたので同じ様に丁寧に伝える。馬車の結界石の効果で魔物が現れることはなかった。


 おしゃべりしたり風景を眺めたりしながら馬車内で過ごす。夕方前には港町と海というものが見えてきて段々気持ちが昂ってくるのを感じた。実は海は初めてだ。メーリックも同じだった様で、窓から景色を見て目を輝かせていた。フィオナもにこやかな表情でいる。


 港町へ到着し浮かれ気分はひとまず抑え、乗船券の購入と今晩泊まる宿の手続きをして、やるべきことを先に済ませる。馬車での情報収集のお陰でどちらもスムーズに行うことができた。明日の昼前には大型の帆船で出航となる。

 この日は街を少し散策し、早めに宿で休むことにした。食事処がある宿なので夕食と朝食付きにしてある。外での外食を避けたのはあまりにもフィオナ人気が凄く、対応で負担をかけたくないという私の独断によるもの。困った輩はどこにでもいるからね。魔物ならどうとでも出来るけど、人相手なら自衛を強化するしかない。


 女子旅1日目の夜、三人一部屋で念願の初女子会が開催された。海が見える部屋でのんびりと気兼ねなく語り合う。これがまた最高に楽しかった。

 そういえばフィオナの付き人だったウィルの話もされた。申し訳ないけどすっかり忘れてたよ。結局以前のように神官見習いとして聖教会に戻ったとのこと。ただ北の塔のことを知っているからか、大司祭セレスの近くに置いておかれるらしい。頑張れ少年。


 次の日朝食を取り宿を出る。夕食もだったけど、出されたどの料理全て美味しかった。仲間と食べる美味しいご飯は旅の良い思い出になるね。


 私たちは出航時間よりもかなり早くに港の船着き場から船に乗り込んでいた。フィオナ人気での混乱を避けるためである。

 船室のドアには鍵は付いているが、うちの玄関にもかけてある師匠直伝の魔法も掛けておく。魔力登録をした者じゃないとそのドアの開閉が出来なくなる魔法。昨日の宿でも使っている。守り手なら必ず行えと師匠からの言葉。女子旅は徹底的すぎるほどの自衛が大事って、これはレオさんに言われた。


 この船は約一ヶ月かけて何か所かの港を経由して戻ってくる。私たちの目的地魔王城への最短経路だと2番目の寄港地で船を降りることとなる。そこまでは大体10日程かかるらしい。船旅中も楽しもうじゃないの。 


 快晴の空の下、船は出航する。船のデッキから遠ざかっていく港を三人並んで見ていた。横にいるフィオナを見ると静かに涙を流している。あわあわしながらもどうしたのか聞くと前の旅のことを思い出してしまったとのこと。

 魔王を倒す為勇者の仲間として国から抜擢された聖女。旅に出るのも魔物との戦いも経験が少なく、恐怖と不安でいっぱいな日々を送る。初めての船旅時、この国を離れて見知らぬ地で戦いに行かなければならないことに絶望に近い感情が生じ、どうしていいのか分からなくなったそうだ。


「フィオナはほんとーによーく頑張ったよ! 目的地は前と同じだけど、今回の旅は心配も不安もしなくていい、っていうかさせない。楽しむことに全振りしよー!」


 ってフィオナに言ったら、キョトンとした後声を出して笑ってた。メーリックはなんかおたおたしてて面白かった。

 フィオナの話には少し続きがあって、その最悪な状態を支えてくれたのが、当時戦士だったワイアットさんだったんだって。フィオナはその時16歳、ワイアットさん22歳。大人の包容力を感じたそうです。さておき、親友の心を助けてくれたこと、今度改めてお礼をしよう。  


 乗船後、フィオナに気付いて声をかけて来る人たちがちらほらいたが、腕の立つ守り手と一緒に静養の旅の途中であることを伝えると、話が広まったのかさわがれることはなかった。

 そして私たちはしっかり楽しく女子旅を満喫。陸地とは全然違う船の上から見る大海原の景色に魅せられる。地平線から昇る朝日、そして沈む夕日、夜空の星の輝きを皆で眺めた。日中は食事の時以外はそれぞれ自由に過ごした。フィオナとメーリックの二人はよく図書室へ行っていた。私は船内を散歩がてら色々な人たちと話をして、情報収集と交流を楽しんでみた。夜は船室でその日の出来事や他愛もないおしゃべりをする。気兼ねなく話せる仲間との旅ができて本当幸せ。


 航海中、海の魔物が何度か船を襲ってきてたので戦闘に参加をしてみる。初めて海の魔物と闘ったけど、船の上なので剣を振るう場所は限られるし、使う魔法も慎重に選ばないといけない。船員の人たちの武器に鎖付きの槍が多いのも納得。いい経験になった。

 一つ気にしたのが、海の魔物を瞬殺出来るくらい戦い慣れてきた頃、私の呼び名が『戦いの女神様』と、いつからか広まっていたこと。戦闘を遠くから見ている乗客から女神様頑張れーとか、一緒に戦っていた船員の人たちからも戦闘後に女神様お疲れ様でした、なんて言われて私のことだと気付いた。

 大慌てで自分は『聖女の守り手』なのだと訂正して回った。だって、私をそう呼んでいいのは世界でただ一人だけなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る