第三十三話 女子旅出発前

「えええーー! ア、アーティってば、レオ隊長と結婚したのー! しかも昨日入籍!?」


 旅に出る日の朝、アーティの家に来たメーリックは突然の報告に驚き、室内に響き渡るほどの大声を上げる。


「ご、ごめん、大きな声出しちゃって。すっごくびっくりしたけど、結婚おめでとう! い、いずれ改めてお祝いさせてね」


「ありがとー。気持ちだけで嬉しいよ。それより聖教会でさー大司祭に魔王の闇が取り憑いててさー」

「え、ちょっと、アーティ、自分的には結婚の話詳しく聞きたいっていうか、魔王の闇が取り憑く!? え? 何それ?」


 アーティは聖堂での戦いのことをメーリックに伝える。アーティの結婚報告が既に大きな驚きの話であったのだが、次に話された内容もかなり衝撃的な話で、情報量の多さもありメーリックは全て理解するのに苦労する。


「……そんなことがあったんだ。ア、アーティは魔王の闇の存在を消すことが出来たんだもの。弟さんのことも絶対救えるよ」


「私もそう思ってる。それからメーリックのこともフィオナのこともしっかり守るからね。女子旅として気楽に行こう」


「じ、女子旅……、言葉だけ聞くと楽しそうな感じだね」


「折角の仲間との旅なんだし、私は楽しく行きたいと思ってるんだ。今までの旅は師匠と二人でとか単独でとかだったから。仲間と一緒っていうのに強く憧れてた。だから今こーして頼れる仲間がいることがすっごい幸せ。大事な仲間だから守らせてね」


「アーティ……。うん、よろしくね」


 にこやかに自分の思いを素直に伝えてくるアーティにメーリックは嬉しくなる。


 そこへ玄関ドアをノックする音が聞こえた。


「おはよう、アーティ、メーリック。遅くなっちゃったかしら?」


「フィオナおはよー。全然大丈夫だよー」

「お、おはようございます、聖女様」


 待ち合わせ場所のアーティ宅へとやって来たフィオナは二人と挨拶を交わす。瞳の色とほぼ同系色で、裾に銀糸で刺繍がされてあるローブを着用しており、動きやすそうな素材で旅慣れているのが分かる。


「メーリックってば、前にも言ったけど私のことは聖女様じゃなくてフィオナでいいわよ」

「そ、それは恐れ多くて……」

「私たちはこれから一緒に旅をする仲間なのよ。仲間には名前で呼んで欲しいわ。一回呼んでみれば慣れると思うの。恥ずかしがらずに試しに呼んでみて」


 フィオナからの要望にメーリックは赤くなり慌てふためく。助けを求めてアーティの方を見るも、にこにこと見ているだけだった。


「フ、フィ、フィオ、ナ、さま?」

「さまもいらないわ。頑張って、もう一度」

「フ、フ、フィオナ……」

「うん、それで大丈夫よ。よろしくねメーリック」

「ふぁい……」


 名前呼びをなんとか達成したが、息も絶え絶えになってしまったメーリックであった。




「出発前に確認なんだけどー、魔王城へ行くには、まずこの大陸から出ないといけないんだよね」


「ええ。私たちの時はそもそも魔王城がどこにあるのか行き方すら分からなかったから、情報集めとかで1年半もかかってしまったの。大陸から出る時もすんなりいかなかったわ。魔物に船が壊されて、殆どの船員さんたちが故郷へ帰ったから呼び戻しに行ったらその村が魔王軍に襲われそうになってたりとか、船を出して貰えるよう港に巣食う魔物と戦ったりもしたわね」


「勇者パーティーの武勇伝は聞こえてきてたよ。たくさんの村や街を救ったってね」


「じ、自分もその話いっぱい聞いてたよ。い、今は魔王が討たれて魔王軍がいなくなったから、スムーズに魔王城へ行けたりするのかな?」


「もしかしたらそうかもねー。魔王が倒されてからもう半年経つもん。なんか勇者に救われたっていう街が観光地になってたりしてるんだってさー。しかも何か所もあるらしいよー。勇者一行に救われた街へようこそ、って入り口にデカデカと書いてあったって師匠が言ってたー」


「そうなのね。街が活発になったのなら良かったわ。サーブルさんどの街へ行ったのかしらね。そういえば今日サーブルさんは早くからお出かけ?」


 キョロキョロと室内を見回すフィオナにアーティはハッと何かを思い出し、棚の上に置かれていた2つのリボン付きの小箱を持ってきてフィオナとメーリックへそれぞれ手渡す。


「忘れるとこだったよー。師匠から二人へのプレゼントだって。黄色リボンがメーリックで、銀のリボンがフィオナにみたい。あ、師匠は朝早くからお出かけしちゃったよ」


「何かしら? 開けていい?」

「うん、ぜひぜひ」


 二人が箱を開けると中には形や装飾は各々違うが神秘的なブレスレットが入っていた。


「こ、こんな高価そうなもの、もらってもいいの?」


「いいのいいのー。師匠が旅の餞別に二人に渡してくれって。いつの間にか用意してたみたい。確かメーリックのには体力値と魔力値がアップする効果があるみたいだよ。フィオナのは魔法耐性の効果が付与されているんだってー。つけてみてねー」


「青と白の石が綺麗でデザインも素敵だわ。すごく気に入っちゃった。サーブルさんに会ったらお礼言わなくちゃ」


「じ、自分そのサーブルさんには会ったことないけど、お礼がしたいからいつか絶対に会わせてね」


「りょーかーい。ちなみに師匠から私への餞別はねー、なんか特に何にも貰ってないんだよねー。忘れられたのかなー。あ、夕べ手合わせ後に剣を研いでくれたっけ。それが餞別なのかなー?」

 

 少し悲しそうな表情でアーティは話す。フィオナとメーリックは差し障りない言葉で慰めるのだった。




「さて、魔王城への経路の把握も大体できたし、そろそろ出発しようか。まずは南の港町にだね。私、単身で南の洞窟攻略へ行ったことあるけど、港町へは山を越えないと行けなかったから寄らなかったなー。寄ってれば転移魔法で行けたのにね」


「港町へはミーデエルナ東側の城門からじゃないと道がないわよ。南の洞窟って周りが岩山で囲まれている場所らしいわね。そこへ行ったってことは、アーティ南側の城門から出発したのね」


「み、南の洞窟を一人でなんて……、あそこ、魔王軍の拠点の一つって話聞いてたけど……」


「なんだか最奥にちょっとだけ手強い魔物がいたねー。倒したけど。そういえば何か喋ってたなー。魔王軍だったんだね。師匠に修行のために攻略してこいって言われてさー。1年くらい前のことだよ」


 「……何ていうか、アーティの圧倒的な強さは凄いとしか言えないよ。じ、自分も頑張ろう」


 両手を握りメーリックは自分に気合を入れ直した。先ほど左腕に装着したばかりのブレスレットが揺れ、はめ込まれている橙色の石が煌めく。


「港町へは歩きだと、途中の宿場に一泊して1日半くらいかしら。今は乗り合い馬車が出てるはずよ。馬車なら1日もかからないらしいわ。アーティ乗っていく?」

「乗りたい乗りたい! 馬車には一度も乗ったことないんだよねー。メーリックもそれで大丈夫?」

「うん、賛成だよ」


「それじゃ出発ー! さくさく進んで早めに帰ってこないとねー、フィオナのためにも」

「え、私のため?」


「だってワイアットさんと婚約したでしょー。他の者に君を取られたくないって旅に出る前にプロポーズされたんだよね。愛し合ってる二人を長い期間引き離すわけにいかないと思ってるから」

「やだっ! アーティってば! 愛し合ってるだなんて、もうっ!」


 フィオナは赤くなりアーティをべしべしと叩く。ポカンとするメーリック。


「それに、ユーフィルには早くこの家に戻ってきて欲しいから。大丈夫、フィオナとメーリックのことはでたらめな強さを持つ最強の守り手である私が守るよ。楽しい女子旅をしようね」


 二人の仲間にアーティは笑顔で伝えた。

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