第三十一話 弟子と師匠
無事に結婚の挨拶も終えた後、アーティはサーブルにこれまでのことと明日からの旅のことを話した。情報量が多いと話が飛躍してしまうアーティにサーブルは昔から苦戦していたのだが、今回も難儀を強いられていた。話を進めるたびにどんどんサーブルの表情が険しいものになっていく。
当の本人はそんな師匠の表情を気にすることなく一通り話終えると、ぬるくなったお茶で喉を潤した。
「まあ、色々あったのは分かった。それで、お前は自分がこれからやろうとしていることに何か迷いでもあるのか?」
「迷い⋯」
サーブルからの思ってもなかった問いに、アーティは一瞬戸惑うも、すぐに言葉を返す。
「迷いはない、と思う」
――弟を迎えに魔王城へ行く。これは変わらない私の実現させたい希望。
ユーフィルに二度と会えないと知り、絶望の底に深く沈み、生を諦めようとしたあの日の弱い私はもういない。そして生きる理由を手に入れた瞬間の自分の鼓動は今でも思い出せる。叶えるために強さも得ることができたんだ。
「うん、迷うことはないよ、師匠のお陰でね」
柔らかいピンク色の光を湛えた瞳でサーブルをまっすぐ見つめて、アーティは言葉を伝えた。
「そうか。自分のやるべきことがブレなければそれでいい。お前の強さは俺が保証できるものだ。だからこそ、その強大な力の使い方は見誤るなよ」
「大丈夫、心に留めてる。それに今度の旅は仲間と一緒だし。何かある時は一人で悩まないで相談してって言われてるから。だから大事な仲間のことは私がしっかり守るよ」
「一緒に行くのはフィオナと、もう一人僧侶だったな。フィオナは数少ない聖魔法の貴重な使い手だ。魔王の闇とやらは聖魔法を使わないと消滅できないのだろう? 封印魔法も本来聖魔法でしか解けない。魔石が既に無い以上、優先して守るべきはフィオナだ。無論同行する僧侶のこともだぞ」
「何が何でも守るよ。全力で。あ、あと、これー」
アーティは荷物から北の塔で手に入れた八面体の形状をした青色の鉱物を取り出し、入手の経緯を話しながらサーブルに渡す。
「これってレイヴノールさんが探してる魔石のかけらじゃないかと思ってるんだ。だってこの独特な魔力が魔石とおんなじだもの」
「ふむ……、どうやらそのようだ。俺が見つけられないのも当然か。既に亡くなっている少女が持っているなど言われなかったからな。アーティ、お前が手に入れたのは思いがけない幸運だったな」
――あの日、あの部屋でタリアに出会わなかったら手に入らなかったんだ。偶然なんだろうけど、奇跡としか思えないね。
アーティは絵本を読み聞かせてあげた亡霊少女の笑顔を思い出す。
魔石のかけらを見ていたサーブルは自身も荷物から銀色、緑色、金色をした同形で色違いの鉱物を3つ出してきた。
「今手元にあるのはこれだけだ」
「師匠、もしかして旅に出てたのはこれを集めるためだったの? ていうか短期間で3つも集めるなんて凄すぎー! えっ、どうやって探し当てたのー!?」
目の前にある4つの魔石のかけらを手に取り光に透かしたり、転がしたりしながらアーティはサーブルに質問をする。
「結界石の魔力感知の応用だ。感知する範囲を広げればいいだけだな。それにレイヴノールから大体の場所を教えられていたから割とすぐ見つけることができた」
アーティからすれば、こんな手のひらサイズの魔石のかけらを魔力感知だけで見つけるなんて至難の業だ。それを平然とやってのける自分の師匠を改めて尊敬するのであった。
「そーいえばレイヴノールさんが、かけらを集めさえすれば修復可能って言ってたよね。後2個見つけたらもう一つ願いを叶える魔石ができるってことなの?」
「そうなんだろうな。何だアーティ、魔石が欲しいのか?」
フィオナにかけられた封印魔法を解くために使った願いを叶える魔石。あの時は自分の力ではどうにもならなくて使うことを決めた。お陰でフィオナもメーリックも救うことができた。ユーフィルのこともあり、欲しくないわけがない。ただ引っかかっているのは、使用した際に感じた魔石の魔力逆流の感覚。全身がゾワゾワし、まるで血液が凍りつくのではないかと思える強烈な不快感。
それのせいではっきり欲しいと言うことができず口ごもっていると、サーブルが先に話をしてきた。
「修行の一環として、残りの魔石のかけらを見つけてみろ。期限は特に決めない。集めたのなら俺がレイヴノールに掛け合って魔石を貰ってきてやる」
「り、りょーかーい。師匠後で見つけ方詳しく教えてねー」
使う使わないは別として、修行と言われればやってみるしかない。探し当てる魔石のかけらは二つ、魔石の中にあった球体の色からして、きっと赤色と黒色なんだろう。集めた後、使用時の不快感のことを持ち主のレイヴノールへ一言文句を絶対言おうとアーティは心の中で決意した。
「そうだ、師匠今晩久しぶりに手合わせお願いしたいの。それから最上位の魔法2つ覚えたようだから試し撃ちしてみたいし。付き添ってくれるとありがたいんだけど」
「魔王の闇が放った魔法だったな。俺も少し興味がある。手合わせついでに見せてもらおうか」
「良かったー。師匠よろしくー。とりあえず話すことは全部話したつもりだし、心置きなく明日出発できるよ」
溜め込んでいた話を全て伝えることができてアーティは安堵を感じる。そしてその安堵感は空腹感を誘い込んできた。
そこへレオフリックが食欲をそそる匂いと共に声を掛けてくる。
「アーティ、サーブルさん、話が一段落ついたようですね。こちらで昼食にしませんか?」
レオフリックはアーティとサーブルが話をしている間、自ら進んで買い物へ行き料理を作り上げていた。アーティは台所へ行くと感嘆の声を上げる。
「すっごーい! 見ただけで分かるよーこれ絶対美味しいってー! どれも手が込んでてお店の料理みたい!」
「凄いなこれは。とても美味そうだ。悪いな、作ってもらって」
「いえいえ、なんてことないですよ。あと夕食分と、アーティ用に旅の携帯食、それから常備菜が数品あります。余った材料と一緒に時止めの魔法がかかっている食料庫に入れときました。凄いですね魔法って」
「ありがたい。遠慮なく頂くよ。俺からすればこれほどの料理を作れるお前が凄いと思うぞ」
「レオさん食べていい? 食べていいの?」
テーブルに並べられた数々の料理を見て目を輝かせているアーティに、レオフリックは優しい笑みで食事を勧める。
グラスなどを用意し、全員が席に着いてから昼食を食べ始めた。
既に胃袋を掴まれているアーティは今回の食事も美味しい美味しいと言いながら終始笑顔で食べていた。途中、サーブルがレオフリックにある提案をする。
「レオ、アーティは明日から旅に出てしまう。今日中に籍だけでも入れておく気はないか? 婚姻届を出しておいたほうが離れていてもお互い安心できると思うのだが」
「はい! そうします! いいかな、アーティ」
「レオさんがいいならいいよー」
「証人の部分だが、俺とあともう一人必要だな。書いてもらえそうなアテがあるならアーティの転移魔法で連れていってもらえ。用紙も取りに行がないといけないな。時間大丈夫か?」
「大丈夫です。それに婚姻届は既に手元にあります。証人は前もって団長にお願いし書いて貰っていますので、あとはサーブルさんとアーティに記入して頂いたら提出するだけです」
「お前、それは流石に用意周到すぎるだろう……」
爽やかな笑顔で婚姻届を準備していることをサラッと言うレオフリックに、サーブルは少しだけ面食らった。
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