第三十話 結婚の挨拶
レオフリックと一晩共にしたアーティは、昨日の夕食同様、自分が作るよりはるかに美味しい朝食を頂いて温かい気持ちに満たされていた。
「お部屋は綺麗にしてあるし、美味しいご飯作れるし、確実に私より家事スキル高いなー」
アーティは自分が作る料理を思い出す。基本材料を切って煮込むだけの料理か、素材を焼く料理のみ。味の失敗や火加減の間違いなども多々ある。掃除に至っては空間浄化の魔法を使用する始末。
「昨日の手作りハンバーグ最高だったし、今朝のフレンチトーストも美味しかったー。サラダのドレッシングが手作りなのもすごいよねー。なんかお嫁さん、いらなくない?」
昨日レオフリックと結婚することを拒否しなかったアーティだったが、家事能力の差に不安になる。
「な〜に言ってんの〜女神ちゃんってば。俺は女神ちゃんと一緒になりたいの。女神ちゃんがいいの。家のことは独り身だからやってただけ。料理は趣味のようなものだし。何、不安になってた?」
朝食の片付けが終わったレオフリックはソファーにいるアーティの隣に腰を下ろし、肩を抱き寄せる。
「私、料理下手だし他の家事も全然駄目ですし。普通の女の人ならきっと花嫁修行とかしてて立派なお嫁さんになれるんでしょうけど、私は今まで戦いの修行に明け暮れていたから……」
「女神ちゃん、俺は女神ちゃんの全部が好き。他の立派なお嫁さんなんかじゃなくて、俺のお嫁さんになる女神ちゃんだけを一生愛するから心配いらないよ」
「レオさん……、私……、私もレオさんのこと、す、好き……」
恥ずかしくなり心臓が高鳴ること、身体が熱くなること、知らない感情だったが言葉にして相手に伝え、ようやく理解ができた。
――ドキドキして、どうにかなっちゃいそう。だけど、この感情はこんなに幸せな気持ちになるんだね。
「アーティ」
突然の名前呼びに身体が緊張する。肩の手が腰に回される。指を絡められアーティは自然と目を閉じ、レオフリックと口付けを交わすのだった。
「どうかな、この服。俺の持ってる中では一応いいヤツなんだけど」
「うん、きちんと感があって、すごく良いと思います!」
「なら良かった。じゃあ行こうか、女神ちゃんのお宅へ。ただ、突然行って追い返されないかが心配なんだけどな〜」
「師匠はそんな偏屈じゃないから大丈夫だよー」
アーティの師匠であるサーブルが予定では今日帰って来る。明日になればアーティは旅に出てしまう。その為レオフリックは結婚の挨拶をしておきたいとアーティにお願いし、急遽今日訪問することとなった。
「女神ちゃん忘れ物ないかな? 転移魔法でいつでも来ていいからね。これ渡しとくね」
「何ですか、これ。どこのか、ぎ……」
レオフリックが渡してきた鍵の意味が分かり、一瞬で真っ赤になる。
「ははっ、赤くなって可愛いな〜、俺の女神ちゃんは」
「もー、からかわないで下さい! じゃ外へ行きますよ。転移魔法の時はしっかり掴まって下さいね」
アーティは先に玄関を出て、渡された部屋の合鍵を大事にしまう。顔の火照りはなかなか治まらなかった。
アーティはレオフリックを連れて転移魔法で自宅の庭先へと到着する。
「すごいな、転移魔法ってのは。あっという間に移動できるんだね」
「修行の賜物ですからー。さぁレオさん、我が家へようこそー。歓迎しまーす」
「あ、ああ。そういえばアーティ、君の師匠の名前、聞いてなかったのだが」
「師匠はサーブルっていう名前だよ」
「サーブル……、もしかしたら俺、知ってる人かもしれない」
「そうなの? 師匠ってば昔の話聞いてもあんまり話してくれないんだよねー。何の仕事してたとかも教えてくれないしー」
家の外で二人が話をしていると、突然玄関のドアが開いた。
「アーティ、客なら中に入ってもらえ」
「師匠ー! おかえりーただいまー! 帰ってたんだねー」
アーティの師匠であり、伯父のサーブルが声をかけてくる。アーティはいつものように変わらず接する。
「お久しぶりです、サーブルさん。俺、レオフリックです。その節は大変お世話になりました」
「レオか、久しぶりだな。お前の話は聞こえてたぞ。今は第一部隊の隊長なんだってな。大したもんだ」
「サーブルさんのお陰ですよ」
「え、二人は知り合い? 師匠の昔の話聞けちゃう感じー? じゃあ中でお茶でも飲みながら聞かせて貰うー。レオさん入って入ってー。ほら、師匠もー」
バタバタとアーティは楽しそうに家の中に入って行った。その様子にサーブルは深く息を吐く。
「もしかしてあいつ、傭兵団での仕事で重大なミスでもやらかしたのか?」
「い、いえ。それはないです。事前に連絡をしないで来てしまい申し訳ありません。本日はご挨拶に伺いました」
「挨拶? そうか、まあ、中に入れ」
サーブルに促され、レオフリックも家の中へと入る。着座しサーブルへ手土産を渡したところへアーティがお茶とお茶請けを運んでくる。
「それでー、二人はどんな関係なのー?」
「サーブルさんは俺の命の恩人なんだよ。8年前、傭兵団で魔物討伐の仕事中に重傷負ってさ、あの時助けて貰わなかったら俺はここにはいなかった。今でもサーブルさんの伝説の傭兵の話は語り草になっていますよ」
「えー、師匠って傭兵だったんだー。しかも伝説になってるなんてすごーい! さっすがー!」
「昔の話だ」
キラキラした目でサーブルに賛辞を浴びせる。そんなアーティにサーブルはお茶を一口啜り、ぼそっと一言だけ言った。
「伝説の傭兵の話もっと聞きたいー。師匠に聞いてもどーせ教えてくれなさそうだから、レオさん教えてー、詳しく知りたいー」
「聞くなら俺のいない所でにしてくれ。それよりアーティ、お前レオを連れてきたのは何かしたのか?」
「あ、うん、え、えと、えーとねー」
アーティは赤くなり口数が一気に減る。隣に座っているレオフリックは姿勢を正し、真剣な表情でサーブルに伝える。
「本日は結婚のご挨拶に伺いました。アーティさんを生涯の伴侶として、大切にしていきたいと考えております。認めて頂けますでしょうか」
「師匠、私からもお願い」
アーティとレオフリックからの言葉を聞き、サーブルは二人をじっと見据える。一時の沈黙が流れ、サーブルは口を開いた。
「二人が決めたことだ。レオのことは知っているし、いいんじゃないか。アーティのことよろしく頼む」
言い終わるとサーブルはレオフリックに向かって頭を下げる。
「サーブルさん、ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いします!」
「ありがとー、師匠ー。良かったね! レオさん!」
「ああ! すげー緊張したけどこれで女神ちゃんと結婚できるんだね〜」
「レ、レオさん……、ここにきて、その言い方は……」
自身の言葉使いにハッとなるレオフリック。それを見ていたサーブルはニヤリと笑う。
「レオがそういう奴ってことは知ってるから気にするな。それよりアーティ、お前レオに女神ちゃんなんて呼ばせているんだな」
「ち、ちがっ! 呼ばせてない! 呼ばせてないよ!」
慌てるアーティ、面白がるサーブル、緊張が解けて素の自分を出してしまい固まっているレオフリック。この場が落ち着くまでしばらく時間がかかるのだった。
アーティがお茶を入れ直しに席を離れた後、サーブルは改めてレオフリックへ話をする。
「思えばアーティには戦いのことばかりしか教えてこなかった。とにかく強くなって欲しくて厳しい修行をつけてきた。だが、強さは得たがあいつは精神的にはまだまだ未熟だ。だから俺は力の使い方を見誤るなと常々言っていたんだ。以前には聖女に会う為に城へ忍び込む気でいたこともある」
「そうなんですね」
「あいつの結婚相手がレオ、お前で良かったよ。困りごとには力を貸す。何にしても手綱を離すなよ」
「はい! 任せて下さい!」
「何々ー、何の話ー?」
お茶を運んできたアーティが二人に聞く。
「お前の結婚相手がレオで良かったという話だ。あの黒龍なんかより断然良い」
「は?」
「あいつが本気でお前を娶るため動く前に、添い遂げたいと思っている伴侶とさっさと結婚しておけばあいつは諦めるだろうからな」
「サ、サーブルさん、その話詳しく⋯」
レオフリックの嫉妬心に気付かず、呑気にお茶を飲むアーティだった。
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