第二十九話 結婚前の初デート

「今日も天気いーなー。師匠が帰って来る予定は明日だし、さて、どうしようかなー」


 フィオナとメーリックと旅に出るのは明後日になっている。今日は珍しく予定が何も入っていない日だ。


 昨日セレスに取り憑いていた魔王の闇と戦い、消滅させることができた。その後フィオナとは聖教会で別れてそのまま家に帰ってきたんだよね。帰宅後特に何もなく家の中掃除したり洗濯したり、夕ご飯作って一人で食べて、湯浴みして、自分の部屋でだらだらしたり本を読んだりしてるうちに眠くなってきて、目が覚めたら朝だった。


 夜になったら転移魔法で誰もいないとこにでも行って、覚えたての最上位爆炎魔法と、もう一つの最上位爆発魔法を試し発動したかったけど、眠気には勝てなかったね。実際に魔法を放つ所を見たり魔力の流れなんかを理解しちゃえばその魔法を使うことが割と可能な私。師匠との修行のおかげだ。まあ、試し撃ちはまた今度にしよう。


 明日師匠が帰ってきたら話すことたくさんあるし、相談したいことも多々ある。もちろん魔王の闇のことは伝えなければいけない。魔王城へ行くことは前々からオッケーもらってたから、旅に出ることには何も言われないと思う。ただ、本来ユーフィルを復活させる為に、魔界で黒ドラゴンのレイヴノールさんから貰えた魔石をフィオナの封印魔法を解くために使用したことはどうだろうね。だけど大事な親友と仲間の為に使ったのだから後悔は全くしていない。それも話さないと。


「そうだ、旅に出る前にお給金貰いに行こう!」


 ついこの間まで在職していた北の傭兵団。給金は後で取りに行くってことにしてたから受け取りに行ってもいいよね。団長仕事部屋に居ればいいけど。たまに現場に入ってたりして不在の時があるからなー。


「そうと決まれば、出かける準備しよー」


 今日の予定が決まり、ベッドから起きて身支度をする。北の傭兵団へ行くということで、洗顔中に不意にある人のことを思い出してしまった。


「……レオさんに会えるかなあ?」


 北の塔で退職宣言した後の彼とのやり取りは思い出さないようにしていた。お守りと言われて貰ったネックレス、抱きしめられた感覚、耳元で囁かれた自分への好意と約束の言葉。そして何度も重ねられた唇。全て鮮明に覚えている。まあ、まだ1週間も経ってないからね。思い出さないようにしてたのは、恥ずかしすぎて心臓がこれでもかってくらいバクバクと速くなるから。更に何故か身体が硬くなるし、ものすごく熱くなる。こんな状態じゃ魔物とまともに戦えるわけないよね。だから意識しないようにしてたんだけど、今はもうダメみたい。ほら、鏡に映ってる自分真っ赤になってるよ。


 でも何でだろう、会いたいって気持ちが強くなってる。こんな感情は知らない。今度フィオナやメーリックに聞いてみようかな。


「さて、準備できたし行きますか」


 簡単な朝食を食べ、片付けたら庭先へ出る。転移魔法を使い、北の傭兵団がある北区へと向かった。





 北区の町外れの森の中に到着する。ここは整備された遊歩道があり、街灯やベンチも設置されている。傭兵団の宿舎に近くて、木々に紛れれば人目につきにくいから転移魔法の着地点として最適な場所。近くに人がいないか確認し、遊歩道へと出る。遠くには散歩している人たちの姿が見えた。そして思わず目を見張る。


「あれって……、もしかしてレオさん!?」


 あの立ち振る舞いや歩き方で遠目だけど分かってしまった。瞬間顔が熱くなるのを感じ、咄嗟に木々の中へと隠れてしまう。


 ものすごく鼓動が速くなってる。身体が強張ってるし、顔も身体も熱い。会いたいって思ってたのに隠れちゃったのは何で?


 どうしよう、避けて別の場所へ行く?

 それとも思い切って話しかけてみる?

 でもやっぱり今会うのは何だか気恥ずかしい。

 でもでも会いたかったし、話をしたいし。

 どうしていいのか分からなくなってる。


 こんなに悩むなんて、何この感情は。自分が自分じゃないみたい。速攻即決一撃必殺のでたらめな強さの私、どこにいった?


「……よしっ! 決めた!」


 悩みに悩んで出した答えは、明後日から旅に出るので会っておくことにした。

 覚悟を決めて木々の間からそーっとレオさんがいた方向を見る。


「あれ?」


 さっきこっちへ向かって来ていたのに姿がない。戻ってった? それともここを通り過ぎた? いやでも、それなら気配察知で近くに来た人は分かるはず。

 反対側の道を見ようと後ろを振り返ると、会いたかった人が立っていて、すっごくびっくりしてしまった。


「やっぱり女神ちゃんじゃ〜ん。さっき隠れたのは照れたから〜?」


 ふわふわ質感の黒髪、背が高く整った顔立ち。好感を持たれるような爽やかな笑顔。綺麗な藍色の瞳で私を見つめている。

 こんな近くを通ったのに気配察知できなかったのは気が緩んでたから?


「あ、レ、レオさん、お久しぶりです。北の塔から無事に帰ってきたんですねー」  


 うわー、もう、なんかまともに顔が見れない。恥ずかしすぎてマントのフードを被ろうとしたけど、今日は違う服装だった。


「ああ、昨日帰ってきたよ。女神ちゃんもやるべきことをしてきたのかな?」

「はいっ。色々ありましたけど」

「そっか。女神ちゃんのことは毎日想ってたけど、何となく今日会える気がしたんだよ。もう運命だね。ハグしてもいいかな?」

「ここで!? 人が来たら……」

「誰も来ないけど、じゃあこっちで」


 焦っていると手を引かれ、さっきいた木々の中へと連れて行かれる。


「ここならいいよね、女神ちゃん」


 私の返事を待たずにレオさんはぎゅっと抱きしめてきた。心臓の鼓動がどんどん大きくなるから破裂するんじゃないかって不安になる。


「アーティが無事で本当に良かった。離れてからずっと心配だったんだ。でも会うことができてマジで嬉しい。俺、大好きだ。アーティのこと本気で好きなんだ」


 レオさんからの言葉に心臓が跳ねる。身体全体が熱を持つ。前も思ったけど、突然の名前呼びは絶対ずるい。意識持っていかれちゃう。


「私、レオさんに会いたかったです」

「えっ! ほんと!? 嬉しいな〜。俺たち相思相愛だね」

「正直よく分かりません。会いたいって思っただけですから。でもレオさんのこと考えると心臓速くなるし、身体が熱くなって意識しちゃうし、何か変なんです」

「変じゃないから大丈夫。女神ちゃん可愛すぎ。最高。大好きだよ」


 レオさんの大きな手が私の前髪をかきあげると、額に軽く口付けられる。もう身体が爆発しそうだよ。


「俺、今日明日休み貰ったんだ。女神ちゃんデートしよう。お互いをもっとよく知る為にも、ね」

「デートって何ですか?」


 デートという言葉に聞き馴染みが無く、レオさんに素直に訊ねてみる。


「もしかして俺とが初めて? デートはね〜、結婚前の男女が関係を深める為に一緒に過ごすことだよ」

「そうなんですねー。……え? 結婚?」

「そ、女神ちゃんは俺のお嫁さんになるからね。大事にするよ、ずーっと」


 私を更にぎゅーっと抱きしめて、いつも以上の爽やかな笑顔で嬉しそうにレオさんは言ってくる。レオさんと結婚、レオさんのお嫁さん、私が!?


「……それは良いんですけど、レオさん私のこと知らなすぎで大丈夫? 知ったら見方変わるかもしれないよ」

「女神ちゃんが何者でも俺は君がいい。勇者の姉でも聖女の守り手でも。転移魔法ってので俺も女神ちゃんの家行きたいな〜」

「な、何で知って!? あ! もしかしてメーリックから!?」

「まあまあ、さ、行こうか、初デートに。俺のこと、もっと好きになって欲しいし」


 そう言うとレオさんの手が頬に添えられ、今度は唇に口付けされた。




 結局ずっとレオさんと一緒に過ごしてた。

 レオさんがいつも以上にものすっごく浮かれててちょっと大変だった。

 傭兵団に行けば第一部隊隊長だから他の団員の人たちから挨拶や声がけをされる。私と手を繋いでいることで関係聞かれて「俺の嫁ちゃん」なんて言うからかなり騒然となってた。団長にもそう言っちゃうし。ただ、団長が私の師匠から許可貰えるか分からないぞと脅しをかけてたっけ。そうそう、お給金はちゃんと頂きました。


 私の用事が終わった後は北区の街の中を散策した。いろんなお店があり、多くの人で賑わってて活気が溢れている。色々見て回ってすごい楽しい。

 ここでもレオさんは慕われているようで、いろんな人たちに声をかけられていた。そして隣にいる私のことを「俺の嫁になる人」と紹介しまくる。その度に赤くなりながらも挨拶をしてしまう私。驚きと祝福をたくさんの人たちから貰う。だけど遠くからいくつかの怒りや悲しみの気配を察知してた。今までに人からは向けられたことのない感情だったから少し怖かった。


 散策後、美味しいお昼ご飯を食べて、お話ししながら散歩して、見晴らしのいい所で座ってゆっくりしていたらレオさんが提案をしてきた。


「今晩俺の部屋に泊まって欲しい」


 なんでも、もっとお話ししていっぱい一緒にいたいからなんだって。それと手料理をご馳走したいとも言われる。

 この人私をすごく甘やかしてくるし、手を繋いだり肩を抱かれるとものすごくドキドキするけど嫌じゃない。今はむしろ逆。それに今日家に帰ってもひとりだからいいかなと提案を受け入れた。

 「お家デートだね」ってまた嬉しそうに話してくる。デートって種類色々あるんだね。


 レオさんは貸家で一人暮らしをしているとのこと。泊まりに必要な物を買い、手を繋いで私たちは一緒に帰って行った。

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